●義援金・救援金の募集について
西城さとやま交流館の東日本大震災の支援活動はまだまだ続きます。
皆様の気持ちを被災地に届けたいと思います。
どうかこれからもご支援をお願いします。
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2026年8月10日月曜日

蘇れ火の国 熊本 三次に無事到着

8月9日午前2時 三次へ無事到着。今回の走行処理1000km。
燃料は、落田さんと盛谷さんからの合計軽油80リットルの寄付により帰路はその補充のみで帰ることができた。
そして皆さん家路に。時間をい有効に使えて、被災者の方にもよろこばれて、準備した氷もすべて被災者の口に入ることができ、良い活動ができました。
 福島県いわき市の長谷川さん、半澤さんをはじめ支援者の皆様
 広島市の藤本様、森重様、三次市の吉田様、庄原市の盛崎様、そのほか各種支援物資を支援してくださった多くの皆様ありがとうございました。
 阿蘇郡西原村の吉井村長、お忙しい中、我々のために時間を割いて、お礼と復興状況の説明をしていただき、ありがとうございました。
 熊本県の曽我さん一家、同じく坂園さんご夫妻、熊本県内各地の事前調整や当日案内ありがとうございました。
 今回参加の山村さん、中野さん、山本さん、三竿さん、盛谷さんもお盆前の忙しい中、0泊3日の旅に参加いただき、暑い中、支援活動をしていただきありがとうございました。
熊本は、これから仮設住宅ができるまで半年くらいは、避難所生活が続くのだと思います。そして仮設住宅に入っても家が再建されるまでには多くの時間を要するでしょう。
さとやま交流館は、大きなことはできません。でも、細く長く被災者の方を応援していく活動をしていきます。また、能登半島地震被災地の支援も継続します。
次回の熊本支援活動計画を速やかに作成しますので、引き続き多くの方のご協力をよろしくお願いします。
よみがえれ火の国 熊本!

不知火防災拠点センター

 8月8日15:00 今回最後の避難所 不知火防災拠点センター。受付後さっそく、玄関正面に、車を配置。かき氷屋の準備をした。ここは玄関横に自衛隊と行政の給水車の2台があり、自宅避難者も次々と水を汲みにこられた。機械に氷をセットし、開始。三竿かき氷マシンが、うなりをあげて氷を擦った。子供たちは、何か楽しそうであり、若い人も縁日のかき氷のような感じか。高齢の男性が、何十年ぶりかのお と言いながら、かき氷食べて、笑顔で、冷たくて旨いと言ってくださった。食べた全員が、喜んでくださったと感じることができた。たかが氷、されど氷。広島・三次から持ち込んだ氷であることも伝えた。

 ここでは、福島県いわき市の長谷川さんや半澤さんそれに広島県内から山村さんをはじめ皆さんから預かったタオル400枚やまるで100円ショップが0円ショップになったのかと思うような品ぞろえの日用品類、庄原の福間さんら預かった携帯式消毒液セット、それに定番のもみじ饅頭も一緒に配布。タオルもその他の物資も皆さんが手に取り、次々に持ち帰ってもらった。ボラセンターや避難所の受付では、物資は余るほどあるといわれていたが、ニーズがあるのに行政に集まった支援物資は行き届いていないことが確認できた。これはいつも、どこでも感じることで、神戸以来、何も変わっていない。
 かき氷マシンもうなりをあげて、まるで夏祭りがやってきたような錯覚を覚えるかき氷屋になった。午後5時、給水の自衛隊や行政の方も片付け、最後に被災者の足も途絶えたので、関係者の方にも、皆さんが熱中症になったら、こまるのは被災者の方だから遠慮なく食べてと無理やり食べてもらい、皆さん笑顔になりました。最後の24個目の氷もなくなり。撤収。カップ数から2箇所で300人分以上を出したようだ。ごみを分別整理してハイエースへ。17:30 受付の職員さんにお礼を言って出発。

お昼のひととき

8月8日13:00 坂園さんの案内で、次の避難所の不知火防災拠点センターへ移動。ここの受付の宇城市職員もとても丁寧だった。いったん休憩した後、かき氷をさせていただく事を了解いただき、ここで坂園さんに案内のお礼を言って別れた。本当に感謝だ。
そのあと宇城市内の昼食店を探して回るが、中々むつからない、そういえば、宇城市内は断水がまだ相当あり、断水でないところも減圧給水のため、水が出るのは1階のみでかつ、ちょろちょろと言われていた。だから飲食店もむずかしんだな。
 結局、全国チェーンのファミレスに入る。中は満員だった。冷たい水をたらふく飲んだ。少し休憩して、午後の部へ突入!

ウイング松橋(まつばせ)

8月8日10時45分 ウイング松橋(避難者473名(8.7市HP))に到着。さっそく受付へ。ここの宇城市の責任者は丁寧な対応で、忙しい中、細かく説明してくれた。かき氷は炊き出しになるので、事前に保健所への届けがいるとのこと。今日は土曜日、もうできないのか思ったが、熊本県宇城保健所に電話すると電話がつながり、今日も届可能とのこと。すぐに県の合庁内の宇城保健所へ移動。炊き出しチェックを受けて届け出に確認を受ける。保健所の方の土日返上で休みなく働いておられるようで、お疲れだとは思うが、丁寧に対応してくださった。届をすまし、ウイング松橋に戻った。
玄関で、曽我さん一家と再会。曽我さんはみまこさんが、当所8月22日にここでコンサート開催する予定だったが、地震のため中止となっていた。曽我さんは、施設の皆さんに挨拶や慰労に来られていた。我々も受付で保健所届出済を確認してもらい、現在書き出しはいないので、かき氷をしてもらってもよいと快諾を得て、場所も正面玄関前のロータリーに、ハイエースを止めて、準備。
 ハイエース常備のサイドオーニング(横に伸びるタープ)を広げて、日陰を構築。能登地震の時に仮設住宅で広げて以来の1年9か月ぶりだ。
 簡易テーブルを出して、雰囲気をだすために、かき氷の暖簾を2枚セット。湯木青年会より借りた、伝統のかき氷機をセット。曽我さんファミリーと坂園さんが手伝っていただいて助かった。
避難所内から続々と人が・・大急ぎでクーラーをあけて、氷を割る。広島・三次のたまり製氷店でたくさんのドライアイスを入れてくれたおかげで、氷は全く溶けていない。
 氷は、12貫目。各氷24個ある。まずは一個めを装着。電気の不要な人力かき氷機。エンジン部は、三竿さん。熱い中、回すだけでも大変だが、次々と来られる方へ、次々と削って、横へ置き、山村さんや山本さん中野さんが、被災者の方に一人づつ声をかけながら、手渡していった。シロップもブルーハワイ、レモン、イチゴ、抹茶、そのほかにも数種類。十分そろえたつもりだ。簡易テーブルのため、機械を回すとテーブルが大きく揺れる。それも坂園さんが、横から揺れないように抑えてくださった。
 すぐに10名くらいの行列が。行列はなくなることなく続き、みな冷たいかき氷に、冷たい、おいしいと笑顔になられた。200ほど作ったところで、人出もなくなり時間も12時30分を過ぎた。ここで、受付でお礼のあいさつをして、移動することに。

宇城市松橋東防災拠点センター

8月8日10:30 宇城市松橋東防災拠点センター(避難者数515名(8.7市HP)へ到着。地元の坂園さんのルートは全く渋滞しておらず、スムースだった。早速、避難所の受付へ。中は、廊下にこそおられないが、段ボールで仕切った避難エリアには多くの方がおられるようだ。
 受け付けでかき氷をしたいがどうかと確認。既に他団体が、玄関先で、かき氷をされているとのこと。気づかなかった。玄関の外の先を見てみると大きなバスで、何かされてりようだ。とても静かで、被災者の方もまばらで、かき氷か何かもよくわからなかったが、バスの中で作って、外で配布されているようだった。
 やむなく次へ 坂園さんの先導で移動した。

宇城市災害ボランティアセンター

8月8日10時、曽我さんの案内により、渋滞に遭うことなく10時に宇城市災害ボランティアセンターに到着。広い駐車場に7割方埋まっており、9割9分以上が九州ナンバーだった。本州の皆さん、これからは本州の皆さんの出番ですよ!
 ここでまず、西原村元職員の坂園さんのご主人で元宇城市役所職員の坂園さんと初めてお会いし、坂園さんの紹介で、社協のセンターの責任者の小川さんとお話しすることができた。各戸の災害ボランティアについては、ここでニーズを把握して、ボランティア登録された方に出動してもらっているとのこと。避難所での炊き出しや支援物資については、各避難所で聞いてほしいとのことだった。支援物資は、十分あると思っているとのこと。
事前に調べた市内避難所の内、今回の候補地として、松橋東防災拠点センター、ウイング松橋、不知火防災拠点センター、松橋西防災拠点センターについて位置等を聞いた。
 エアコンの設置状況について聞いたところ、市が把握している避難所は全てエアコンはついているとのこと。ちょっと安心した。この周りは被害があまり見えないが、断層付近では、ひどい状況とのことだった。センターの小川さん忙しい中ありがとうございました。ここで曽我さんご一家とは別れて別行動に。ここからは坂園さんの案内で移動した。

熊本県阿蘇郡西原村

令和8年8月8日午前8時前、熊本県阿蘇西原村役場に到着しました。
10年前の熊本地震で知り合った曽我さん一家、そして同じく10年前に
避難所を一人で切り盛りしておられた元村職員の坂園さんと9年ぶりの再会。
 変わらぬ元気な姿に、まずは安ど。その後、村長室へ。
 吉井村長から、10年前の支援活動と今回の活動に対するお礼の言葉を
いただいた。
 その後、坂園さんの案内で、行政の手の届かないニーズに対応するためにがんばっておられるボランティア施設をあんなしてもらい、今後の活動時には、連絡を取りたい。
その後、曽我さんの案内で、宇城市へ。宇城市内は被害が大きく、また高速道路が宇城市中心の松橋インターが終点となっていることから、市内の渋滞がひどいため、曽我さんが渋滞のない道路を案内してもらい、スムースに宇城市内へ入った。

2026年8月8日土曜日

9年ぶりの西原村

 平成28年の熊本地震の時に、さとやま交流館は、当時の柳生理事長が、すぐに支援に発起。佐賀県の支援者らと支援活動をスタート。5月には、さとやま主力メンバーで、西原村の避難所に。  平成28年5月21日(土)西原村山西小学校へ。約300人の方が、体育館へ避難されていた。避難所を運営しておられる西原村の職員の方に挨拶し、作業開始。  玉ねぎの皮剥き、人参の皮剥き、広島牛のカット、お米洗い。水も500リットル持参していた。6升炊き炊飯器3台セット。大きな鍋に、具材投入。指揮は大量調理のプロ、さとやまの管理栄養士がとった。  そして野菜たっぷり、汁だくの広島の最高肉を使ったさとやま牛丼完成。  夕方、皆さんに配ると共に、取りに来てもらった。5月はすでに暑さを感じる季節だったが、暑い牛丼を美味しいと食べて頂いた。  この避難所を運営されている職員さんも被災されて、家のなかは、ガチャガチャだと言われていたが、仕事優先で、家の事は何もできていないと。地震から1ヶ月以上休みなしで働かれていた。こんなに頑張る方がおられるから、避難所もうまく回っているんだなと感じた。  今日、その時の職員さん、坂園さんと再会する。

熊本の夜明け

 8月8日午前3時、予定通り北熊本SAに到着。夜行は、予想された渋滞もなく、順調だった。SAも思ったより空いている。ここで、夜明けまで仮眠。  午前5時30分熊本の夜空も明るくなってきた。  明けない夜は無い。昨日は昨日、そして今日は新たな今日が始まる。

福岡県走行中

8月8日1時58分 九州道 福岡インター通過