帰路へ。 益城熊本空港インターから再入場。北熊本SAで、お土産購入。熊本の土産を買うのも支援だと思いいつも大量に買うように努めている。 古賀SAで夕食。八代からめかりPAまで盛谷、めかり〜鹿野SAまでが、中野? 鹿野〜三次を盛谷で運転した。 8月23日午前2時、無事三次に帰着した、
2026年8月25日火曜日
甦れ火の国 熊本
17時30分ボランティアセンターを出発。今回は帰りを八代インターからなる計画にしており、八代に向けて国道3号を南下した。 宇城市では,断層が,山側にあったが、段々と国道まわりに断層らしき、隆起や亀裂が。国道の横にも倒壊した家屋が。氷川町、八代市と南下。一旦インターより南まで走った。高速道路の橋桁が潰れていた。 この壊れた家々が復旧するには、2〜3年はかかるだろうか。早くそれぞれの家が再建されるよう願うばかりだ。 八代インターから、九州道へ。なってすぐに、落ちかけた橋の上を通過。上り線は、段差ができたままで通行止め。下り線側を30mくらいの舗装なすりつけで、通行止めを解除していた。 その後も、橋の前後では、長い舗装すり付けで応急補修が施されていた。この補修によって、鹿児島まで高速道路かつながり、熊本県内の渋滞が解消され、大きなメリットをもたらした。よくやったNEXCO。 ここから、益城熊本空港インターで降りて、さとやま交流館として初めて熊本入りの大前さんに西原村まで案内した。 野菜の直売所は、閉店時間に間に合わなかった。 西原村の坂園さんに今日のことを電話報告した。
甦れ火の国 熊本 ボランティアセンター
令和8年8月22日16時30分小川防災拠点センターに。入り口に行くとキッチンカーの前に長蛇の列。 ここには、炊き出しの別グループがおられるので、そのまま通過。 もう夕方なので、夕食の時間になる様なので、避難所でのかき氷は、終了とした。 宇城市ボランティアセンターでもしかしたら、ボランティアの人達が帰って方いたら、ボランティアに作ってあげようと松橋のボランティアセンターに行った。 広い駐車場に、ボランティアの車はもうほとんどなく、ボランティアもいないようだ。 係員の方に、小川事務局長に声を掛けていただき、朝に続いて再会。 今日の活動場所や内容を報告した。小川さんもほとんど休みなしで、頑張られているのだろう。また来ることを言って、別れた。
甦れ火の国 熊本 小川中学校体育館
令和8年8月22日15:20 宇城市立小川中学校へ。 ここの体育館も、冷房は効いており、10年前の体育館の暑さは改善されている。 10年前の熊本地震の時には、5月でもエアコンの無い体育館内は暑くて、窓を開けると虫が入るので、開けられないと言われていたのを思い出す。 ここでは、校舎の影にセットさせてもらったので、地面も少し冷めており、助かった。 ここでも、たくさんの皆さんが、かき氷を食べに次々と出てきていただいた。 練乳とあんこを充分乗せて、食べてもらった。 シャワーを浴びにいった小学生がいるとのことなので、その子が帰るまで待った。そして、シャワー帰りの子に、かき氷を! 子供達の笑顔は、本当に元気をもらえる。ここでも、福島からの支援物資が被災者の手にたくさんお渡しすることができた。16時過ぎ、全員にかき氷が行き届き、撤収。
甦れ火の国 熊本 小野部田小学校
令和8年8月22日14時。宇城市小川地区の小野部田小学校体育館避難所へ。 弁当を食べ終えると暑い昼休憩は短めにして,次の避難所へ。 今回、初めて小川町へ。 小野部田小学校の体育館へ。受付も快くOKをもらい、体育館玄関の屋根の下にセットさせてもらった。 暑い日だが、日陰は、涼しく感じる。 セットしてから中の皆さんに声掛けをして行った。小学校だからなのか、これまで行った避難所と比べて、子ども達が多いと感じた。 ひととおり皆さんに食べていただいた後、子供達が、周りでワイワイガヤガヤ。 お替わりしていいよ、と言うとみんな並んでお替わり。シロップも色々ミックスしたり、練乳とあんこ乗せの組み合わせもバラエティに富んだオーダーで賑わう避難所の玄関。6杯も食べる猛者もいた。 タオルやお水の支援物資も貰われていった。 もみじ饅頭を食べた一人の高齢の女性が、「広島から来たの?」「80年前は広島は大変だったね。私は天草にいて、長崎に原爆が落ちた時、大変なことになったと子供ながらに思ったんよ。」と。「広島からわざわざ来てくれたんか。ありがとう」と感謝の言葉をいただいた。 開始から約1時間、大人の被災者はもちろん、子供達も満腹になったようなので、15時に撤収し、次の避難所へ。
甦れ火の国 熊本 小野部田小学校
令和8年8月22日14時。宇城市小川地区の小野部田小学校体育館避難所へ。 弁当を食べ終えると暑い昼休憩は短めにして,次の避難所へ。 今回、初めて小川町へ。 小野部田小学校の体育館へ。受付も快くOKをもらい、体育館玄関の屋根の下にセットさせてもらった。 暑い日だが、日陰は、涼しく感じる。 セットしてから中の皆さんに声掛けをして行った。小学校だからなのか、これまで行った避難所と比べて、子ども達が多いと感じた。 ひととおり皆さんに食べていただいた後、子供達が、周りでワイワイガヤガヤ。 お替わりしていいよ、と言うとみんな並んでお替わり。シロップも色々ミックスしたり、練乳とあんこ乗せの組み合わせもみんな色々注文を楽しんでいる。 楽しいはずの夏休み。地震で家は壊れ、旅行にも行くなくなった。 そんな子供達に、わずかな楽しみを、楽しい時間が届けれたら。 子供達の弾ける笑顔に安堵と元気をもらった。なんと小さな体で6杯も食べた猛者もいた。 メロン、コーラ、マンゴーなどの注文もあったが、持ち合わせていなかった。希望に応えられず残念。次やる時には、レアなシロップも小瓶で準備しておこう。
2026年8月23日日曜日
コンビニにトイレトレーラー
コンビニの駐車場にトイレトレーラーがあった。コンビニのトイレは断水で水が出ないため、流す水を持参しないと使えない状態。
外には、和歌山県の町から派遣されたトイレトレーラーが配置されていた。
今やコンビニはなくてはならない町のインフラなんだと認識した。誰もご利用するコンビニにトイレトレーラーを配置することで、誰も利用しやすい公衆トイレが完成していた。土地は,コンビニが無償提供、コンビニのお客の,サービス向上にもなる店も行政もウインウインの関係だ。良い取組だと思った。
あとトイレトレーラーを利用するときは、利用方法をよく読んでから使おう。
簡易水洗がほとんどなので、一旦便器内に水を貯めて、用足し後に。流すと言う一手間があるものがある。読んでやらないと便器が汚れたり、詰まったりする恐れがある。必ず使用方法を読んでから使いましょう。
不知火防災拠点センターと不知火体育館
令和8年8月22日、10時40分.道の駅不知火で,トイレ休憩。災害支援への感謝の言葉がたくさんあった。 11時。二週間前にも来た不知火防災拠点センター避難所到着。玄関の受付で、かき氷実施の了解を得て、隣の避難所の不知火体育館の避難者にも、声を掛けさせてもらうことに。12時30分まですることとして、センターと体育館の中に入って両方の避難者に声を掛けさせてもらった。 5分で、準備完了。かき氷のプロかと思う手際の良さだ。 前回8月8日は、自衛隊と消防の給水車がいたが、今回は,大きな給水タンクが置かれ、被災者の方々が水を汲みに来ておられた。 ここでは、東日本大震災の被災地福島県いわき市のみなさんから届いた支援物資の配布もした。 オープンと共に、次と次と被災者の方が、かき氷に。次々と氷をすった。今回の練乳掛けと抹茶のあんこ乗せも大人気。被災者の顔に笑顔が広がり、かき氷しに来てよかったと再認識。 福島県からの支援物資、タオル1000枚や飲料水160リットルも希望者に配布。最初は遠慮がちな皆さんだが、どうぞどうぞと声を掛けると、次々と持ち帰ってもらった。断水と減圧給水で、飲み水はもちろん洗濯もできない状況で、タオルはありがたいようだ。そういえば、道中のコインランドリーのドアに大きく「乾燥のみ出来ます」と書いてあった。洗濯出来なければ乾かすものもなかろうにと。 隣には,他の団体が大きなトラックを横付け。どちらから?何をされているのか?聞くと群馬県高崎市からのボランティアだそうで、日野自動車の関連会社の方達が、宇城市の元社員?さんの困りように、なんとかしようとトラックを改造したシャワートラックで見参。断水でお風呂に入らない方達のために、片道1,200kmの尊い奉仕活動だ。タオルはあるか聞くと持ってないとのこと。被災者の方がシャワーを浴びようにも体を拭くタオルがないとのこと。それではと、福島県いわき市の皆さんから送られたタオルをお渡しし、被災者の方に使ってもらうようお願いした。 福島県からの支援物資、飲料水160リットルも給水に来られた方に、かき氷を食べてもらうなかで、話しかけると、貰いたいと言う希望が多く、次々と貰われていった。 今日の宇城市の予想最高気温は、37℃。 センター前の舗装の上は、軽く40℃を超えているのでは思う、猛烈な暑さ。冷たい氷を扱っていても、暑さが体に刺さった。 かき氷の横では、もみじ饅頭も配った。これまで、東日本大震災の年の9月に気仙沼にいった時に、初めて避難所でもみじ饅頭を配った。その時、高齢の女性が喜んで、昔流行ったB&Bの「モミジマンジユウ」をしようとして、「コマネチ」をされ、体育館の中が大爆笑。重苦しい避難所の雰囲気が一気に明るくなった。後からきいたら、この女性はずっと暗く落ち込んだ感じの方だったとのことだが、これ以降明るく話されるようになったとのこと。もみじ饅頭のパワー恐るべしである。以来、被災地には、もみじ饅頭を必ず持参している。広島からか、広島には孫がおるんよ、遠くから来てくれたんじゃね、広島のかき氷は美味しいとか、もみじ饅頭→広島→新たな会話と初対面の方とのコミュニケーションを取らせてくれます。もみじ饅頭にも感謝。 避難所の中では,甲子園の決勝戦が。どうもこれが終わるまでは,テレビから離れられない人が多数。12時頃に試合終了。かき氷にやっと来ていただいた。 12時30分、ほとんどの方にかき氷を食べていただき、店じまい。最後に群馬の方々と慰労の記念写真。シャワーチームにタオルを渡し、エールを贈った。
三角防災拠点センター
令和8年8月22日9時40分、三角防災拠点センター到着。八代海に面した三角の町の高台、消防署の横にセンターはあった。 玄関に入り、かき氷の炊き出しをしたいと来意を告げると、きょうは家の周りの片付けなどで一時的に帰られた方もいて、今は被災者は2名しかいないとのこと。その言葉の感じては、人が少ないから炊き出しは無理にしなくて良いですよと無言で言っている感じがした。今までも、人数を聞いて、何もせずに帰る団体もあったのでないかと勘繰った。 メンバー全員一致で、二人のためにかき氷をすることを即決。すぐに準備した。天気は快晴。雲一つない。朝9時からもう暑い。30℃は超えている。 机を出して、器具を設置、氷をセット。今日の一番氷だ。まずは避難されている2名の方に、手渡し、それから世話をされている職員さんにも差し上げた。皆さんとても喜んで頂いた。特に今回は、ブルーハワイ、イチゴ、レモン、抹茶、グレープに練乳とあんこも加え、レベルアップさせた。 大前さんの発案で、味が全体に行くように二段がけにした。 出し終わるとすぐに撤収。二人の被災者の方は、とても丁寧に挨拶され、見送りまでしていただいた。 10時10分、三角を出発。