あなたの笑顔が見たい やっと次の熊本支援の日程が決まりました。 11月20日(金)21時00分 三次を出発 11月21日(土) 09:00 熊本県氷川町の避難所へ 今回のメニューは、 通称さとやま柳生牛丼 調理開始 11:15 100食を二つに分けて、町内2箇所の避難所へ 11:30 二箇所の避難所で配膳開始 13:30 片付け 15:00 宇城市少年野球大会慰問 16:00 美里町避難所慰問 11月22日(日) 00:30 三次着 今回は,初めて氷川町へ行きます。 氷川の皆さんよろしくお願いします。 あなたの笑顔が見たい
2026年9月7日月曜日
伊豆大島 土砂災害特別警報
関東から東北でも大雨か
2026年9月1日火曜日
東日本大震災被災地から熊本へ
東日本大震災の被災地福島県いわき市から、熊本地震被災者の皆さんへこれまでたくさんの支援物資を預かりました。8月8日,8月22日の活動で配布しました。またこれからの活動の中で、被災者の皆さんへお渡ししていきます。 みなさまありがとうございました。 敬称略
飲料水ペットボトル10箱半澤智祐
お米玄米60キロ青木清子
ご支援 加澤正巳、加澤裕子、岩屋都子、清水明美、清水典子、蛭田和歌子、松下早苗、半澤裕子、笹島由比子、鈴木京子
タオルご寄付者 中山歯科医院中山久美 、ベビーハウスわたなべ 渡邊香代子、サロンド森 パレスいわや 岩屋都子、 ふるさとの楽園、 コスモ鍼灸院、 ブッティクささき、 FPエージェンツいわき支部 徳永淳子、 長岡道夫、森恵美子、船生寿美子、加澤裕子、塩沢えり子、都築 都、渡部慶子、猪狩ありさ、阿部恵美、松下早苗、徳永淳子、国府田薫、熊耳由美、鈴木さおり、鈴木陽子、早坂真弓、水野谷知恵、田村弘美、半澤裕子 、長谷川ミキ子
薬用ソープ30個 ドクターフェリスいわき
(敬称略)
みなさまからお預かりしたご支援は、引き続き被災者の皆様の支援活動の際にたいせつに活用させていただきます。 ありがとうございました。
2026年8月27日木曜日
能登でまた大雨 安全確保を
令和8年8月27日朝、石川県と富山県で大雨特別警報。 10時現在まだ新たな雨雲が西から流れてきている。 とにかく、少しでも安全な場所で、雨が止むまで,自分の安全確保を! 地震から2年8ヶ月。その後の能登豪雨から1年11ヶ月。同じ地域にこんな短いスパンで災害が度重なるとは。地域の皆さんの命の安全を願うばかりです。
2026年8月25日火曜日
2回目の熊本支援終了
帰路へ。 益城熊本空港インターから再入場。北熊本SAで、お土産購入。熊本の土産を買うのも支援だと思いいつも大量に買うように努めている。 古賀SAで夕食。八代からめかりPAまで盛谷、めかり〜鹿野SAまでが、中野? 鹿野〜三次を盛谷で運転した。 8月23日午前2時、無事三次に帰着した、
甦れ火の国 熊本
17時30分ボランティアセンターを出発。今回は帰りを八代インターからなる計画にしており、八代に向けて国道3号を南下した。 宇城市では,断層が,山側にあったが、段々と国道まわりに断層らしき、隆起や亀裂が。国道の横にも倒壊した家屋が。氷川町、八代市と南下。一旦インターより南まで走った。高速道路の橋桁が潰れていた。 この壊れた家々が復旧するには、2〜3年はかかるだろうか。早くそれぞれの家が再建されるよう願うばかりだ。 八代インターから、九州道へ。なってすぐに、落ちかけた橋の上を通過。上り線は、段差ができたままで通行止め。下り線側を30mくらいの舗装なすりつけで、通行止めを解除していた。 その後も、橋の前後では、長い舗装すり付けで応急補修が施されていた。この補修によって、鹿児島まで高速道路かつながり、熊本県内の渋滞が解消され、大きなメリットをもたらした。よくやったNEXCO。 ここから、益城熊本空港インターで降りて、さとやま交流館として初めて熊本入りの大前さんに西原村まで案内した。 野菜の直売所は、閉店時間に間に合わなかった。 西原村の坂園さんに今日のことを電話報告した。
甦れ火の国 熊本 ボランティアセンター
令和8年8月22日16時30分小川防災拠点センターに。入り口に行くとキッチンカーの前に長蛇の列。 ここには、炊き出しの別グループがおられるので、そのまま通過。 もう夕方なので、夕食の時間になる様なので、避難所でのかき氷は、終了とした。 宇城市ボランティアセンターでもしかしたら、ボランティアの人達が帰って方いたら、ボランティアに作ってあげようと松橋のボランティアセンターに行った。 広い駐車場に、ボランティアの車はもうほとんどなく、ボランティアもいないようだ。 係員の方に、小川事務局長に声を掛けていただき、朝に続いて再会。 今日の活動場所や内容を報告した。小川さんもほとんど休みなしで、頑張られているのだろう。また来ることを言って、別れた。
甦れ火の国 熊本 小川中学校体育館
令和8年8月22日15:20 宇城市立小川中学校へ。 ここの体育館も、冷房は効いており、10年前の体育館の暑さは改善されている。 10年前の熊本地震の時には、5月でもエアコンの無い体育館内は暑くて、窓を開けると虫が入るので、開けられないと言われていたのを思い出す。 ここでは、校舎の影にセットさせてもらったので、地面も少し冷めており、助かった。 ここでも、たくさんの皆さんが、かき氷を食べに次々と出てきていただいた。 練乳とあんこを充分乗せて、食べてもらった。 シャワーを浴びにいった小学生がいるとのことなので、その子が帰るまで待った。そして、シャワー帰りの子に、かき氷を! 子供達の笑顔は、本当に元気をもらえる。ここでも、福島からの支援物資が被災者の手にたくさんお渡しすることができた。16時過ぎ、全員にかき氷が行き届き、撤収。
甦れ火の国 熊本 小野部田小学校
令和8年8月22日14時。宇城市小川地区の小野部田小学校体育館避難所へ。 弁当を食べ終えると暑い昼休憩は短めにして,次の避難所へ。 今回、初めて小川町へ。 小野部田小学校の体育館へ。受付も快くOKをもらい、体育館玄関の屋根の下にセットさせてもらった。 暑い日だが、日陰は、涼しく感じる。 セットしてから中の皆さんに声掛けをして行った。小学校だからなのか、これまで行った避難所と比べて、子ども達が多いと感じた。 ひととおり皆さんに食べていただいた後、子供達が、周りでワイワイガヤガヤ。 お替わりしていいよ、と言うとみんな並んでお替わり。シロップも色々ミックスしたり、練乳とあんこ乗せの組み合わせもバラエティに富んだオーダーで賑わう避難所の玄関。6杯も食べる猛者もいた。
ある子供に聞いた。「夏休みの宿題は済んだ?」私らは何度も被災地支援を行なっていると言う変な自負があった。帰ってきた答えをきき、すぐに返せなかった。「宿題がどこにあるかわからない」今まで、こんなにたくさんの子供達がそれも長期休みのときにボランティアで子供達と話をすることはなかったんだなと。そうだ。そのとおり。家が壊れて、宿題どころか、何にも無いのだ。初め聞いた時、学校は何をしているのかと,思った。先生は安否確認しただろう。そこで新たな宿題は出さなかったの?と思った。すぐに自分の浅はかさをを感じた。
この地震にあって、避難する中で、日々子供達は学校では習えない経験をしていると。 知らない人との助け合い、知らない人へ感謝すり感覚。当たり前が、どれだけ大切なものか。学校では、習うことはできない。そんな人間として大切なことをいま子供達は、毎日経験しているのだと。宿題をつかで出さなかった先生は素晴らしい!
タオルやお水の支援物資も貰われていった。 もみじ饅頭を食べた一人の高齢の女性が、「広島から来たの?」「80年前は広島は大変だったね。私は天草にいて、長崎に原爆が落ちた時、大変なことになったと子供ながらに思ったんよ。」と。「広島からわざわざ来てくれたんか。ありがとう」と感謝の言葉をいただいた。 開始から約1時間、大人の被災者はもちろん、子供達も満腹になったようなので、15時に撤収し、次の避難所へ。
