●義援金・救援金の募集について
西城さとやま交流館の東日本大震災の支援活動はまだまだ続きます。
皆様の気持ちを被災地に届けたいと思います。
どうかこれからもご支援をお願いします。
ここから→振込み先

2026年8月23日日曜日

コンビニにトイレトレーラー

 コンビニの駐車場にトイレトレーラーがあった。コンビニのトイレは断水で水が出ないため、流す水を持参しないと使えない状態。  外には、和歌山県の町から派遣されたトイレトレーラーが配置されていた。  今やコンビニはなくてはならない町のインフラなんだと認識した。誰もご利用するコンビニにトイレトレーラーを配置することで、誰も利用しやすい公衆トイレが完成していた。土地は,コンビニが無償提供、コンビニのお客の,サービス向上にもなる店も行政もウインウインの関係だ。良い取組だと思った。  あとトイレトレーラーを利用するときは、利用方法をよく読んでから使おう。  簡易水洗がほとんどなので、一旦便器内に水を貯めて、用足し後に。流すと言う一手間があるものがある。読んでやらないと便器が汚れたり、詰まったりする恐れがある。必ず使用方法を読んでから使いましょう。

暑いランチ

 12時30分に撤収し、宇城市の南の小川地区の小学校体育館に向けて移動。途中で昼ご飯にしようと食堂を探すが、開いたお店が無い。やっと氷川町の道の駅があり、入るも食堂は閉鎖。軒先でやっと野菜市をしているのがやっとの状態。  食堂は無いと涼しい食堂での昼食を断念。コンビニ弁当を買うことに。  涼しいはずの昼食が、なかなか冷房が効かないハイエースの中でとなった。とにかく今日は暑い。

不知火防災拠点センターと不知火体育館

令和8年8月22日、10時40分.道の駅不知火で,トイレ休憩。災害支援への感謝の言葉がたくさんあった。  11時。二週間前にも来た不知火防災拠点センター避難所到着。玄関の受付で、かき氷実施の了解を得て、隣の避難所の不知火体育館の避難者にも、声を掛けさせてもらうことに。12時30分まですることとして、センターと体育館の中に入って両方の避難者に声を掛けさせてもらった。  5分で、準備完了。かき氷のプロかと思う手際の良さだ。  前回8月8日は、自衛隊と消防の給水車がいたが、今回は,大きな給水タンクが置かれ、被災者の方々が水を汲みに来ておられた。  ここでは、東日本大震災の被災地福島県いわき市のみなさんから届いた支援物資の配布もした。  オープンと共に、次と次と被災者の方が、かき氷に。次々と氷をすった。今回の練乳掛けと抹茶のあんこ乗せも大人気。被災者の顔に笑顔が広がり、かき氷しに来てよかったと再認識。  福島県からの支援物資、タオル1000枚や飲料水160リットルも希望者に配布。最初は遠慮がちな皆さんだが、どうぞどうぞと声を掛けると、次々と持ち帰ってもらった。断水と減圧給水で、飲み水はもちろん洗濯もできない状況で、タオルはありがたいようだ。そういえば、道中のコインランドリーのドアに大きく「乾燥のみ出来ます」と書いてあった。洗濯出来なければ乾かすものもなかろうにと。  隣には,他の団体が大きなトラックを横付け。どちらから?何をされているのか?聞くと群馬県高崎市からのボランティアだそうで、日野自動車の関連会社の方達が、宇城市の元社員?さんの困りように、なんとかしようとトラックを改造したシャワートラックで見参。断水でお風呂に入らない方達のために、片道1,200kmの尊い奉仕活動だ。タオルはあるか聞くと持ってないとのこと。被災者の方がシャワーを浴びようにも体を拭くタオルがないとのこと。それではと、福島県いわき市の皆さんから送られたタオルをお渡しし、被災者の方に使ってもらうようお願いした。  福島県からの支援物資、飲料水160リットルも給水に来られた方に、かき氷を食べてもらうなかで、話しかけると、貰いたいと言う希望が多く、次々と貰われていった。  今日の宇城市の予想最高気温は、37℃。 センター前の舗装の上は、軽く40℃を超えているのでは思う、猛烈な暑さ。冷たい氷を扱っていても、暑さが体に刺さった。  かき氷の横では、もみじ饅頭も配った。これまで、東日本大震災の年の9月に気仙沼にいった時に、初めて避難所でもみじ饅頭を配った。その時、高齢の女性が喜んで、昔流行ったB&Bの「モミジマンジユウ」をしようとして、「コマネチ」をされ、体育館の中が大爆笑。重苦しい避難所の雰囲気が一気に明るくなった。後からきいたら、この女性はずっと暗く落ち込んだ感じの方だったとのことだが、これ以降明るく話されるようになったとのこと。もみじ饅頭のパワー恐るべしである。以来、被災地には、もみじ饅頭を必ず持参している。広島からか、広島には孫がおるんよ、遠くから来てくれたんじゃね、広島のかき氷は美味しいとか、もみじ饅頭→広島→新たな会話と初対面の方とのコミュニケーションを取らせてくれます。もみじ饅頭にも感謝。  避難所の中では,甲子園の決勝戦が。どうもこれが終わるまでは,テレビから離れられない人が多数。12時頃に試合終了。かき氷にやっと来ていただいた。  12時30分、ほとんどの方にかき氷を食べていただき、店じまい。最後に群馬の方々と慰労の記念写真。シャワーチームにタオルを渡し、エールを贈った。

三角防災拠点センター

 令和8年8月22日9時40分、三角防災拠点センター到着。八代海に面した三角の町の高台、消防署の横にセンターはあった。  玄関に入り、かき氷の炊き出しをしたいと来意を告げると、きょうは家の周りの片付けなどで一時的に帰られた方もいて、今は被災者は2名しかいないとのこと。その言葉の感じては、人が少ないから炊き出しは無理にしなくて良いですよと無言で言っている感じがした。今までも、人数を聞いて、何もせずに帰る団体もあったのでないかと勘繰った。  メンバー全員一致で、二人のためにかき氷をすることを即決。すぐに準備した。天気は快晴。雲一つない。朝9時からもう暑い。30℃は超えている。  机を出して、器具を設置、氷をセット。今日の一番氷だ。まずは避難されている2名の方に、手渡し、それから世話をされている職員さんにも差し上げた。皆さんとても喜んで頂いた。特に今回は、ブルーハワイ、イチゴ、レモン、抹茶、グレープに練乳とあんこも加え、レベルアップさせた。 大前さんの発案で、味が全体に行くように二段がけにした。  出し終わるとすぐに撤収。二人の被災者の方は、とても丁寧に挨拶され、見送りまでしていただいた。  10時10分、三角を出発。

宇城市ボランティアセンター

 令和8年8月22日午前8時50分、センターの会場時間より10分早く到着。計画より、70早い到着。  前回、坂園さんに紹介していただいた小川事務局長と再会。前回、不知火とウイング松橋で、かき氷をして喜んでいただいたことを報告し、今日も、市内のできるだけ多くの避難所でかき氷をするためにやってきたことを伝えた。小川さんから、遠路のすでに2回となる奉仕活動に対する感謝の,言葉をいただいた。  今日のボランティアの登録予定は200人とのこと。宇城市全体で土曜日に200人は、少ないなと感じた。車のナンバーは、熊本、宮崎、福岡、長崎、佐賀、鹿児島、大分と九州ばかり。本州の車は、さとやま交流館以外には見つからなかった。なんか寂しい。   ボランティアセンターで、事前に連絡していた無料通行証明への受付印をもらい、今日の活動開始。  今日の公表資料では、三角防災拠点センター避難所では、避難者10人。メンバー4人で協議。往復1時間以上かかるが、きっと他の団体も小さい避難所は、あまり行かなくて、支援が足りてないだろうと、まずは、被災者10人の三角防災拠点センターへ。

氷 購入 いざ被災地へ

 8月22日午前6時。軽油を携行缶で50リットル給油。これで、今日の熊本県内の活動は、無給油でできる。  午前7時、北熊本SAの軽食と落田パンで軽く朝食。  全員、絶好調。7時20分早めにSAを出発。  熊本インターでは、一時退出。  今回は、災害ボランティア車両高速道路無料通行証明書による走行だ。サポートレーンで、事前に印刷した往路の証明書を提示し、免許証の提示で通れた。退出後の再度の入道は、他のインターでも可能かと聞いたが、事前に入力されたインターのみと言うことで、また熊本インターに帰ってこなければ。次回は,退出インター何ヶ所か書いておこう。  そういえば道中、びっくりしたこと。上り車線を戦車が走っていったのだ。正確には、タイヤの車両だったから、装甲車と言うのだろうか。大砲の部分は、戦車そのものの大きく長い大砲が一つ前を向いていた。ものすごい違和感があった。  その後,熊本市内の高野製氷店へ。開店時間は、8時30分と聞いているが、できるだけ早く活動開始するために、07時45分に、店の前に到着。程なく、ドアが開いた。すぐに「広島のさとやま交流館です。」と、すると「待たれましたか」と5分前に着いたばかりと伝えると、「氷は準備していますよ」と早速クーラーボックスを下ろして入れてもらった。今回は,できるだけ多くの方に冷たさをと大きなボックスにいっぱい、16貫目の氷を購入した。事前に電話で事情を話して、お願いしていたので、とてもスムーズにできた。  ここで、ここで、予定より50分の時間の余裕ができた。  その後、熊本インターから九州道へ再度入り、指定の到着インターである松橋インターで、退出。ここでもサポートレーンで、免許証の確認。列の前には,同じように、紙を出している車がある。そして宇城市ボランティアセンターへ。九州道がお盆前に全通し、鹿児島方面の車が、そのまま走れるようになり、高速も、市内も渋滞らしきものには全くかからなかった。NEXCOの頑張りに感謝だ。  

2026年8月22日土曜日

熊本まで来た

 8月22日午前2時40分、予定より20分早く、北熊本SAに到着。  今回の活動参加者は、東北、能登の常連 、大前さん、中野さん、三竿さん、盛谷さんの4人。運転は、盛谷(宮島まで)、中野(壇ノ浦まで)、三竿(北熊本までノンストップ)。  ここで、ちょっとゆっくり仮眠。  おやすみなさい。  

三次を出発

 令和8年8月21日21時、柳生さん、落田さん、鳳利さんの見送りをうけて、予定どおり三次を出発。  落田さん携行缶軽油40リットルといつもの落田ベーカリーの美味しい手作りパンをありがとうございます。明日の朝いただきます。  鳳利さん、元気出る出る栄養ドリンクありがとうございます。明日の休憩の時に、これでパワーアップします。ありがとうございました。  これから約6時間、安全第一で熊本に向かいます。

2026年8月21日金曜日

行き当たりばったりちゃらんぽらん のようでしっかり計画

 思い立ったら即実行 が前理事長から教えられた訓えである。そして、行き当たりばったりちゃらんぽらんよ といつも言われていたが、理事長は知らぬ間にきっちり準備されていたことが、だんだんわかってきた。

 今晩、熊本へ向けて出発するが、しっかり計画を忘れていない。

・熊本県の宇城保健所への届出完了

・炊き出し調整の確認

・宇城市ボランティアセンター(社協)との確認完了

・NEXCOの高速道路無料手続き完了

・熊本の製氷店との確認完了

・最新の宇城市の避難所、避難者状況の確認、訪問先の確定

・最新の断水、減圧給水エリアの確認

明日も熊本は37度予想で暑い日となりそうです。

今回も、かき氷で冷たいひと時を感じてもらおうと思います。

 500人分を準備して出発します。時間の許す限り頑張ります。

甦れ火の国 熊本

 東日本大震災の被災地から、熊本の皆さんにと多くの支援物資がとどきました。  今から15年前も、3月17日の地震の後、すぐに支援物資を集め、前理事長の柳生さんが、三次貨物のトラックで、3月からすぐに、支援を始めた。あれから15年、今年35回目の東北訪問をした。今も当時の被災者の方との交流が続いている。  コロナと前理事長が亡くなったことで、交流は、ストップするかと思われたが、熱い心を持った者は、もう前理事長だけではなかった。 

 そんな中、今回の熊本地震の被災者の皆さんのために、福島県のみなさんから、とてもたくさんの支援物資が,我々に託された。 

 今回持っていくのは、その内、

 タオル大箱4箱(かるく1200枚はあるだろう)

 飲料水160リットル(2リットルPET80本)

だ。 現在、熊本では、避難所には、多くの物資があり、物資は不要と言われる。ボランティアセンターでは、ボランティアのために使う物資は集められている。昔12年前の広島災害の時にも、福島県いわき市の中学生から託されたタオルを安佐北区の三入のボランティアセンターで、ボランティアのために使ってもらったことがある。  でも今回は、被災者に渡します。避難所に物資があっても被災者に渡っているかと言うとどうもそうではないようです。  前回8月8日の時に、タオルや日用品の支援物資をいる人にと出したところ、来る人皆さんが,次々と持って帰られました。  今回も、渡せると思います。  今晩21時に三次を出発します。