伊豆大島に土砂災害特別警報発令 まだまだこれから線状降水帯のように夕方まで雨が続くようです。すでに2日間で600mm以上の降水。危険が迫っている状況だと思います。少しでも安全になる行動が大切です。 伊豆大島は、知人の故郷でご両親もおられる。命を守る行動を。 特別警報は、めったに出ない警報だと思っていたが、全国各地で続く今年の大雨。被害最小になるように願うばかりです。
東日本大震災の被災地福島県いわき市から、熊本地震被災者の皆さんへこれまでたくさんの支援物資を預かりました。8月8日,8月22日の活動で配布しました。またこれからの活動の中で、被災者の皆さんへお渡ししていきます。 みなさまありがとうございました。 敬称略
飲料水ペットボトル10箱半澤智祐
お米玄米60キロ青木清子
ご支援 加澤正巳、加澤裕子、岩屋都子、清水明美、清水典子、蛭田和歌子、松下早苗、半澤裕子、笹島由比子、鈴木京子
タオルご寄付者 中山歯科医院中山久美 、ベビーハウスわたなべ 渡邊香代子、サロンド森 パレスいわや 岩屋都子、 ふるさとの楽園、 コスモ鍼灸院、 ブッティクささき、 FPエージェンツいわき支部 徳永淳子、 長岡道夫、森恵美子、船生寿美子、加澤裕子、塩沢えり子、都築 都、渡部慶子、猪狩ありさ、阿部恵美、松下早苗、徳永淳子、国府田薫、熊耳由美、鈴木さおり、鈴木陽子、早坂真弓、水野谷知恵、田村弘美、半澤裕子 、長谷川ミキ子
薬用ソープ30個 ドクターフェリスいわき
(敬称略)
みなさまからお預かりしたご支援は、引き続き被災者の皆様の支援活動の際にたいせつに活用させていただきます。 ありがとうございました。
令和8年8月27日朝、石川県と富山県で大雨特別警報。 10時現在まだ新たな雨雲が西から流れてきている。 とにかく、少しでも安全な場所で、雨が止むまで,自分の安全確保を! 地震から2年8ヶ月。その後の能登豪雨から1年11ヶ月。同じ地域にこんな短いスパンで災害が度重なるとは。地域の皆さんの命の安全を願うばかりです。
帰路へ。 益城熊本空港インターから再入場。北熊本SAで、お土産購入。熊本の土産を買うのも支援だと思いいつも大量に買うように努めている。 古賀SAで夕食。八代からめかりPAまで盛谷、めかり〜鹿野SAまでが、中野? 鹿野〜三次を盛谷で運転した。 8月23日午前2時、無事三次に帰着した、
ある子供に聞いた。「夏休みの宿題は済んだ?」私らは何度も被災地支援を行なっていると言う変な自負があった。帰ってきた答えをきき、すぐに返せなかった。「宿題がどこにあるかわからない」今まで、こんなにたくさんの子供達がそれも長期休みのときにボランティアで子供達と話をすることはなかったんだなと。そうだ。そのとおり。家が壊れて、宿題どころか、何にも無いのだ。初め聞いた時、学校は何をしているのかと,思った。先生は安否確認しただろう。そこで新たな宿題は出さなかったの?と思った。すぐに自分の浅はかさをを感じた。
この地震にあって、避難する中で、日々子供達は学校では習えない経験をしていると。 知らない人との助け合い、知らない人へ感謝すり感覚。当たり前が、どれだけ大切なものか。学校では、習うことはできない。そんな人間として大切なことをいま子供達は、毎日経験しているのだと。宿題をつかで出さなかった先生は素晴らしい!
タオルやお水の支援物資も貰われていった。 もみじ饅頭を食べた一人の高齢の女性が、「広島から来たの?」「80年前は広島は大変だったね。私は天草にいて、長崎に原爆が落ちた時、大変なことになったと子供ながらに思ったんよ。」と。「広島からわざわざ来てくれたんか。ありがとう」と感謝の言葉をいただいた。 開始から約1時間、大人の被災者はもちろん、子供達も満腹になったようなので、15時に撤収し、次の避難所へ。
コンビニの駐車場にトイレトレーラーがあった。コンビニのトイレは断水で水が出ないため、流す水を持参しないと使えない状態。
外には、和歌山県の町から派遣されたトイレトレーラーが配置されていた。
今やコンビニはなくてはならない町のインフラなんだと認識した。誰もご利用するコンビニにトイレトレーラーを配置することで、誰も利用しやすい公衆トイレが完成していた。土地は,コンビニが無償提供、コンビニのお客の,サービス向上にもなる店も行政もウインウインの関係だ。良い取組だと思った。
あとトイレトレーラーを利用するときは、利用方法をよく読んでから使おう。
簡易水洗がほとんどなので、一旦便器内に水を貯めて、用足し後に。流すと言う一手間があるものがある。読んでやらないと便器が汚れたり、詰まったりする恐れがある。必ず使用方法を読んでから使いましょう。
令和8年8月22日9時40分、三角防災拠点センター到着。八代海に面した三角の町の高台、消防署の横にセンターはあった。 玄関に入り、かき氷の炊き出しをしたいと来意を告げると、きょうは家の周りの片付けなどで一時的に帰られた方もいて、今は被災者は2名しかいないとのこと。その言葉の感じては、人が少ないから炊き出しは無理にしなくて良いですよと無言で言っている感じがした。今までも、人数を聞いて、何もせずに帰る団体もあったのでないかと勘繰った。 メンバー全員一致で、二人のためにかき氷をすることを即決。すぐに準備した。天気は快晴。雲一つない。朝9時からもう暑い。30℃は超えている。 机を出して、器具を設置、氷をセット。今日の一番氷だ。まずは避難されている2名の方に、手渡し、それから世話をされている職員さんにも差し上げた。皆さんとても喜んで頂いた。特に今回は、ブルーハワイ、イチゴ、レモン、抹茶、グレープに練乳とあんこも加え、レベルアップさせた。 大前さんの発案で、味が全体に行くように二段がけにした。 出し終わるとすぐに撤収。二人の被災者の方は、とても丁寧に挨拶され、見送りまでしていただいた。 10時10分、三角を出発。
令和8年8月22日午前8時50分、センターの会場時間より10分早く到着。計画より、70早い到着。 前回、坂園さんに紹介していただいた小川事務局長と再会。前回、不知火とウイング松橋で、かき氷をして喜んでいただいたことを報告し、今日も、市内のできるだけ多くの避難所でかき氷をするためにやってきたことを伝えた。小川さんから、遠路のすでに2回となる奉仕活動に対する感謝の,言葉をいただいた。 今日のボランティアの登録予定は200人とのこと。宇城市全体で土曜日に200人は、少ないなと感じた。車のナンバーは、熊本、宮崎、福岡、長崎、佐賀、鹿児島、大分と九州ばかり。本州の車は、さとやま交流館以外には見つからなかった。なんか寂しい。 ボランティアセンターで、事前に連絡していた無料通行証明への受付印をもらい、今日の活動開始。 今日の公表資料では、三角防災拠点センター避難所では、避難者10人。メンバー4人で協議。往復1時間以上かかるが、きっと他の団体も小さい避難所は、あまり行かなくて、支援が足りてないだろうと、まずは、被災者10人の三角防災拠点センターへ。
8月22日午前6時。軽油を携行缶で50リットル給油。これで、今日の熊本県内の活動は、無給油でできる。 午前7時、北熊本SAの軽食と落田パンで軽く朝食。 全員、絶好調。7時20分早めにSAを出発。 熊本インターでは、一時退出。 今回は、災害ボランティア車両高速道路無料通行証明書による走行だ。サポートレーンで、事前に印刷した往路の証明書を提示し、免許証の提示で通れた。退出後の再度の入道は、他のインターでも可能かと聞いたが、事前に入力されたインターのみと言うことで、また熊本インターに帰ってこなければ。次回は,退出インター何ヶ所か書いておこう。 そういえば道中、びっくりしたこと。上り車線を戦車が走っていったのだ。正確には、タイヤの車両だったから、装甲車と言うのだろうか。大砲の部分は、戦車そのものの大きく長い大砲が一つ前を向いていた。ものすごい違和感があった。 その後,熊本市内の高野製氷店へ。開店時間は、8時30分と聞いているが、できるだけ早く活動開始するために、07時45分に、店の前に到着。程なく、ドアが開いた。すぐに「広島のさとやま交流館です。」と、すると「待たれましたか」と5分前に着いたばかりと伝えると、「氷は準備していますよ」と早速クーラーボックスを下ろして入れてもらった。今回は,できるだけ多くの方に冷たさをと大きなボックスにいっぱい、16貫目の氷を購入した。事前に電話で事情を話して、お願いしていたので、とてもスムーズにできた。 ここで、ここで、予定より50分の時間の余裕ができた。 その後、熊本インターから九州道へ再度入り、指定の到着インターである松橋インターで、退出。ここでもサポートレーンで、免許証の確認。列の前には,同じように、紙を出している車がある。そして宇城市ボランティアセンターへ。九州道がお盆前に全通し、鹿児島方面の車が、そのまま走れるようになり、高速も、市内も渋滞らしきものには全くかからなかった。NEXCOの頑張りに感謝だ。
思い立ったら即実行 が前理事長から教えられた訓えである。そして、行き当たりばったりちゃらんぽらんよ といつも言われていたが、理事長は知らぬ間にきっちり準備されていたことが、だんだんわかってきた。
今晩、熊本へ向けて出発するが、しっかり計画を忘れていない。
・熊本県の宇城保健所への届出完了
・炊き出し調整の確認
・宇城市ボランティアセンター(社協)との確認完了
・NEXCOの高速道路無料手続き完了
・熊本の製氷店との確認完了
・最新の宇城市の避難所、避難者状況の確認、訪問先の確定
・最新の断水、減圧給水エリアの確認
明日も熊本は37度予想で暑い日となりそうです。
今回も、かき氷で冷たいひと時を感じてもらおうと思います。
500人分を準備して出発します。時間の許す限り頑張ります。
東日本大震災の被災地から、熊本の皆さんにと多くの支援物資がとどきました。 今から15年前も、3月17日の地震の後、すぐに支援物資を集め、前理事長の柳生さんが、三次貨物のトラックで、3月からすぐに、支援を始めた。あれから15年、今年35回目の東北訪問をした。今も当時の被災者の方との交流が続いている。 コロナと前理事長が亡くなったことで、交流は、ストップするかと思われたが、熱い心を持った者は、もう前理事長だけではなかった。
そんな中、今回の熊本地震の被災者の皆さんのために、福島県のみなさんから、とてもたくさんの支援物資が,我々に託された。
今回持っていくのは、その内、
タオル大箱4箱(かるく1200枚はあるだろう)
飲料水160リットル(2リットルPET80本)
だ。 現在、熊本では、避難所には、多くの物資があり、物資は不要と言われる。ボランティアセンターでは、ボランティアのために使う物資は集められている。昔12年前の広島災害の時にも、福島県いわき市の中学生から託されたタオルを安佐北区の三入のボランティアセンターで、ボランティアのために使ってもらったことがある。 でも今回は、被災者に渡します。避難所に物資があっても被災者に渡っているかと言うとどうもそうではないようです。 前回8月8日の時に、タオルや日用品の支援物資をいる人にと出したところ、来る人皆さんが,次々と持って帰られました。 今回も、渡せると思います。 今晩21時に三次を出発します。
今週末、2回目の熊本地震被災者支援に出発します。 今回も宇城市の,避難所に伺う予定です。 宇城市内の避難者の数は、前回行った8月8日の3,000人超から、今朝の公表情報では、600人超に。 2,400人の方は、自宅に帰られたり、ホテルや親戚などは二次避難されたのだろうか。 前回行った市内中心のウイング松橋は、閉鎖になっている。やはりいろいろな催しが計画されているから、移動してもらったのだろうか。 ずっと避難所に残っておられる方は,家には帰れない、二次避難も難しい方で。大変な方ばかりだと思う。まだまだ暑い熊本。広島からまた、かき氷を持って行こう。ほんのちょっとの気分転換かもしれないが、頑張って行こう。 ただ今同行メンバー募集中です。
8月9日午前2時 三次へ無事到着。今回の走行処理1000km。
燃料は、落田さんと盛谷さんからの合計軽油80リットルの寄付により帰路はその補充のみで帰ることができた。
そして皆さん家路に。時間をい有効に使えて、被災者の方にもよろこばれて、準備した氷もすべて被災者の口に入ることができ、良い活動ができました。
福島県いわき市の長谷川さん、半澤さんをはじめ支援者の皆様
広島市の藤本様、森重様、三次市の吉田様、庄原市の盛崎様、そのほか各種支援物資を支援してくださった多くの皆様ありがとうございました。
阿蘇郡西原村の吉井村長、お忙しい中、我々のために時間を割いて、お礼と復興状況の説明をしていただき、ありがとうございました。
熊本県の曽我さん一家、同じく坂園さんご夫妻、熊本県内各地の事前調整や当日案内ありがとうございました。
今回参加の山村さん、中野さん、山本さん、三竿さん、盛谷さんもお盆前の忙しい中、0泊3日の旅に参加いただき、暑い中、支援活動をしていただきありがとうございました。
熊本は、これから仮設住宅ができるまで半年くらいは、避難所生活が続くのだと思います。そして仮設住宅に入っても家が再建されるまでには多くの時間を要するでしょう。
さとやま交流館は、大きなことはできません。でも、細く長く被災者の方を応援していく活動をしていきます。また、能登半島地震被災地の支援も継続します。
次回の熊本支援活動計画を速やかに作成しますので、引き続き多くの方のご協力をよろしくお願いします。
よみがえれ火の国 熊本!
8月8日15:00 今回最後の避難所 不知火防災拠点センター。受付後さっそく、玄関正面に、車を配置。かき氷屋の準備をした。ここは玄関横に自衛隊と行政の給水車の2台があり、自宅避難者も次々と水を汲みにこられた。機械に氷をセットし、開始。三竿かき氷マシンが、うなりをあげて氷を擦った。子供たちは、何か楽しそうであり、若い人も縁日のかき氷のような感じか。高齢の男性が、何十年ぶりかのお と言いながら、かき氷食べて、笑顔で、冷たくて旨いと言ってくださった。食べた全員が、喜んでくださったと感じることができた。たかが氷、されど氷。広島・三次から持ち込んだ氷であることも伝えた。ここでは、福島県いわき市の長谷川さんや半澤さんそれに広島県内から山村さんをはじめ皆さんから預かったタオル400枚やまるで100円ショップが0円ショップになったのかと思うような品ぞろえの日用品類、庄原の福間さんら預かった携帯式消毒液セット、それに定番のもみじ饅頭も一緒に配布。タオルもその他の物資も皆さんが手に取り、次々に持ち帰ってもらった。ボラセンターや避難所の受付では、物資は余るほどあるといわれていたが、ニーズがあるのに行政に集まった支援物資は行き届いていないことが確認できた。これはいつも、どこでも感じることで、神戸以来、何も変わっていない。
かき氷マシンもうなりをあげて、まるで夏祭りがやってきたような錯覚を覚えるかき氷屋になった。午後5時、給水の自衛隊や行政の方も片付け、最後に被災者の足も途絶えたので、関係者の方にも、皆さんが熱中症になったら、こまるのは被災者の方だから遠慮なく食べてと無理やり食べてもらい、皆さん笑顔になりました。最後の24個目の氷もなくなり。撤収。カップ数から2箇所で300人分以上を出したようだ。ごみを分別整理してハイエースへ。17:30 受付の職員さんにお礼を言って出発。
8月8日13:00 坂園さんの案内で、次の避難所の不知火防災拠点センターへ移動。ここの受付の宇城市職員もとても丁寧だった。いったん休憩した後、かき氷をさせていただく事を了解いただき、ここで坂園さんに案内のお礼を言って別れた。本当に感謝だ。
そのあと宇城市内の昼食店を探して回るが、中々むつからない、そういえば、宇城市内は断水がまだ相当あり、断水でないところも減圧給水のため、水が出るのは1階のみでかつ、ちょろちょろと言われていた。だから飲食店もむずかしんだな。
結局、全国チェーンのファミレスに入る。中は満員だった。冷たい水をたらふく飲んだ。少し休憩して、午後の部へ突入!
8月8日10時45分 ウイング松橋(避難者473名(8.7市HP))に到着。さっそく受付へ。ここの宇城市の責任者は丁寧な対応で、忙しい中、細かく説明してくれた。かき氷は炊き出しになるので、事前に保健所への届けがいるとのこと。今日は土曜日、もうできないのか思ったが、熊本県宇城保健所に電話すると電話がつながり、今日も届可能とのこと。すぐに県の合庁内の宇城保健所へ移動。炊き出しチェックを受けて届け出に確認を受ける。保健所の方の土日返上で休みなく働いておられるようで、お疲れだとは思うが、丁寧に対応してくださった。届をすまし、ウイング松橋に戻った。
玄関で、曽我さん一家と再会。曽我さんはみまこさんが、当所8月22日にここでコンサート開催する予定だったが、地震のため中止となっていた。曽我さんは、施設の皆さんに挨拶や慰労に来られていた。我々も受付で保健所届出済を確認してもらい、現在書き出しはいないので、かき氷をしてもらってもよいと快諾を得て、場所も正面玄関前のロータリーに、ハイエースを止めて、準備。
ハイエース常備のサイドオーニング(横に伸びるタープ)を広げて、日陰を構築。能登地震の時に仮設住宅で広げて以来の1年9か月ぶりだ。
簡易テーブルを出して、雰囲気をだすために、かき氷の暖簾を2枚セット。湯木青年会より借りた、伝統のかき氷機をセット。曽我さんファミリーと坂園さんが手伝っていただいて助かった。
避難所内から続々と人が・・大急ぎでクーラーをあけて、氷を割る。広島・三次のたまり製氷店でたくさんのドライアイスを入れてくれたおかげで、氷は全く溶けていない。
氷は、12貫目。各氷24個ある。まずは一個めを装着。電気の不要な人力かき氷機。エンジン部は、三竿さん。熱い中、回すだけでも大変だが、次々と来られる方へ、次々と削って、横へ置き、山村さんや山本さん中野さんが、被災者の方に一人づつ声をかけながら、手渡していった。シロップもブルーハワイ、レモン、イチゴ、抹茶、そのほかにも数種類。十分そろえたつもりだ。簡易テーブルのため、機械を回すとテーブルが大きく揺れる。それも坂園さんが、横から揺れないように抑えてくださった。
すぐに10名くらいの行列が。行列はなくなることなく続き、みな冷たいかき氷に、冷たい、おいしいと笑顔になられた。200ほど作ったところで、人出もなくなり時間も12時30分を過ぎた。ここで、受付でお礼のあいさつをして、移動することに。
8月8日10時、曽我さんの案内により、渋滞に遭うことなく10時に宇城市災害ボランティアセンターに到着。広い駐車場に7割方埋まっており、9割9分以上が九州ナンバーだった。本州の皆さん、これからは本州の皆さんの出番ですよ!
ここでまず、西原村元職員の坂園さんのご主人で元宇城市役所職員の坂園さんと初めてお会いし、坂園さんの紹介で、社協のセンターの責任者の小川さんとお話しすることができた。各戸の災害ボランティアについては、ここでニーズを把握して、ボランティア登録された方に出動してもらっているとのこと。避難所での炊き出しや支援物資については、各避難所で聞いてほしいとのことだった。支援物資は、十分あると思っているとのこと。
事前に調べた市内避難所の内、今回の候補地として、松橋東防災拠点センター、ウイング松橋、不知火防災拠点センター、松橋西防災拠点センターについて位置等を聞いた。
エアコンの設置状況について聞いたところ、市が把握している避難所は全てエアコンはついているとのこと。ちょっと安心した。この周りは被害があまり見えないが、断層付近では、ひどい状況とのことだった。センターの小川さん忙しい中ありがとうございました。ここで曽我さんご一家とは別れて別行動に。ここからは坂園さんの案内で移動した。