●義援金・救援金の募集について
西城さとやま交流館の東日本大震災の支援活動はまだまだ続きます。
皆様の気持ちを被災地に届けたいと思います。
どうかこれからもご支援をお願いします。
ここから→振込み先

2026年9月7日月曜日

伊豆大島 土砂災害特別警報

伊豆大島に土砂災害特別警報発令 まだまだこれから線状降水帯のように夕方まで雨が続くようです。すでに2日間で600mm以上の降水。危険が迫っている状況だと思います。少しでも安全になる行動が大切です。 伊豆大島は、知人の故郷でご両親もおられる。命を守る行動を。 特別警報は、めったに出ない警報だと思っていたが、全国各地で続く今年の大雨。被害最小になるように願うばかりです。

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関東から東北でも大雨か

7月28日に発生した熊本地震支援活動に対し、東日本大震災で被災した福島県いわき市の方々から多くの支援をしていただいている。 今朝は,その福島県いわき市など関東,東北が大雨。 早く雨が止んで、被害が無いことを祈るばかり。何もできないことがもどかしい。

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2026年9月1日火曜日

東日本大震災被災地から熊本へ

東日本大震災の被災地福島県いわき市から、熊本地震被災者の皆さんへこれまでたくさんの支援物資を預かりました。8月8日,8月22日の活動で配布しました。またこれからの活動の中で、被災者の皆さんへお渡ししていきます。 みなさまありがとうございました。 敬称略 

飲料水ペットボトル10箱半澤智祐 

お米玄米60キロ青木清子 

ご支援 加澤正巳、加澤裕子、岩屋都子、清水明美、清水典子、蛭田和歌子、松下早苗、半澤裕子、笹島由比子、鈴木京子

タオルご寄付者 中山歯科医院中山久美 、ベビーハウスわたなべ 渡邊香代子、サロンド森 パレスいわや 岩屋都子、 ふるさとの楽園、 コスモ鍼灸院、 ブッティクささき、 FPエージェンツいわき支部 徳永淳子、 長岡道夫、森恵美子、船生寿美子、加澤裕子、塩沢えり子、都築 都、渡部慶子、猪狩ありさ、阿部恵美、松下早苗、徳永淳子、国府田薫、熊耳由美、鈴木さおり、鈴木陽子、早坂真弓、水野谷知恵、田村弘美、半澤裕子 、長谷川ミキ子

薬用ソープ30個 ドクターフェリスいわき 

(敬称略) 

みなさまからお預かりしたご支援は、引き続き被災者の皆様の支援活動の際にたいせつに活用させていただきます。 ありがとうございました。

活動内容は、このブログにて報告して行きます。



2026年8月27日木曜日

能登でまた大雨 安全確保を

 令和8年8月27日朝、石川県と富山県で大雨特別警報。  10時現在まだ新たな雨雲が西から流れてきている。  とにかく、少しでも安全な場所で、雨が止むまで,自分の安全確保を!  地震から2年8ヶ月。その後の能登豪雨から1年11ヶ月。同じ地域にこんな短いスパンで災害が度重なるとは。地域の皆さんの命の安全を願うばかりです。

2026年8月25日火曜日

2回目の熊本支援終了

 帰路へ。  益城熊本空港インターから再入場。北熊本SAで、お土産購入。熊本の土産を買うのも支援だと思いいつも大量に買うように努めている。  古賀SAで夕食。八代からめかりPAまで盛谷、めかり〜鹿野SAまでが、中野? 鹿野〜三次を盛谷で運転した。 8月23日午前2時、無事三次に帰着した、


甦れ火の国 熊本


 17時30分ボランティアセンターを出発。今回は帰りを八代インターからなる計画にしており、八代に向けて国道3号を南下した。  宇城市では,断層が,山側にあったが、段々と国道まわりに断層らしき、隆起や亀裂が。国道の横にも倒壊した家屋が。氷川町、八代市と南下。一旦インターより南まで走った。高速道路の橋桁が潰れていた。  この壊れた家々が復旧するには、2〜3年はかかるだろうか。早くそれぞれの家が再建されるよう願うばかりだ。  八代インターから、九州道へ。なってすぐに、落ちかけた橋の上を通過。上り線は、段差ができたままで通行止め。下り線側を30mくらいの舗装なすりつけで、通行止めを解除していた。  その後も、橋の前後では、長い舗装すり付けで応急補修が施されていた。この補修によって、鹿児島まで高速道路かつながり、熊本県内の渋滞が解消され、大きなメリットをもたらした。よくやったNEXCO。  ここから、益城熊本空港インターで降りて、さとやま交流館として初めて熊本入りの大前さんに西原村まで案内した。  野菜の直売所は、閉店時間に間に合わなかった。  西原村の坂園さんに今日のことを電話報告した。


甦れ火の国 熊本 ボランティアセンター


 令和8年8月22日16時30分小川防災拠点センターに。入り口に行くとキッチンカーの前に長蛇の列。  ここには、炊き出しの別グループがおられるので、そのまま通過。  もう夕方なので、夕食の時間になる様なので、避難所でのかき氷は、終了とした。  宇城市ボランティアセンターでもしかしたら、ボランティアの人達が帰って方いたら、ボランティアに作ってあげようと松橋のボランティアセンターに行った。  広い駐車場に、ボランティアの車はもうほとんどなく、ボランティアもいないようだ。  係員の方に、小川事務局長に声を掛けていただき、朝に続いて再会。  今日の活動場所や内容を報告した。小川さんもほとんど休みなしで、頑張られているのだろう。また来ることを言って、別れた。

甦れ火の国 熊本 小川中学校体育館

 



令和8年8月22日15:20 宇城市立小川中学校へ。  ここの体育館も、冷房は効いており、10年前の体育館の暑さは改善されている。  10年前の熊本地震の時には、5月でもエアコンの無い体育館内は暑くて、窓を開けると虫が入るので、開けられないと言われていたのを思い出す。  ここでは、校舎の影にセットさせてもらったので、地面も少し冷めており、助かった。  ここでも、たくさんの皆さんが、かき氷を食べに次々と出てきていただいた。  練乳とあんこを充分乗せて、食べてもらった。  シャワーを浴びにいった小学生がいるとのことなので、その子が帰るまで待った。そして、シャワー帰りの子に、かき氷を!  子供達の笑顔は、本当に元気をもらえる。ここでも、福島からの支援物資が被災者の手にたくさんお渡しすることができた。16時過ぎ、全員にかき氷が行き届き、撤収。



 

甦れ火の国 熊本 小野部田小学校


 令和8年8月22日14時。宇城市小川地区の小野部田小学校体育館避難所へ。  弁当を食べ終えると暑い昼休憩は短めにして,次の避難所へ。  今回、初めて小川町へ。  小野部田小学校の体育館へ。受付も快くOKをもらい、体育館玄関の屋根の下にセットさせてもらった。  暑い日だが、日陰は、涼しく感じる。  セットしてから中の皆さんに声掛けをして行った。小学校だからなのか、これまで行った避難所と比べて、子ども達が多いと感じた。  ひととおり皆さんに食べていただいた後、子供達が、周りでワイワイガヤガヤ。 お替わりしていいよ、と言うとみんな並んでお替わり。シロップも色々ミックスしたり、練乳とあんこ乗せの組み合わせもバラエティに富んだオーダーで賑わう避難所の玄関。6杯も食べる猛者もいた。

 ある子供に聞いた。「夏休みの宿題は済んだ?」私らは何度も被災地支援を行なっていると言う変な自負があった。帰ってきた答えをきき、すぐに返せなかった。「宿題がどこにあるかわからない」今まで、こんなにたくさんの子供達がそれも長期休みのときにボランティアで子供達と話をすることはなかったんだなと。そうだ。そのとおり。家が壊れて、宿題どころか、何にも無いのだ。初め聞いた時、学校は何をしているのかと,思った。先生は安否確認しただろう。そこで新たな宿題は出さなかったの?と思った。すぐに自分の浅はかさをを感じた。

 この地震にあって、避難する中で、日々子供達は学校では習えない経験をしていると。 知らない人との助け合い、知らない人へ感謝すり感覚。当たり前が、どれだけ大切なものか。学校では、習うことはできない。そんな人間として大切なことをいま子供達は、毎日経験しているのだと。宿題をつかで出さなかった先生は素晴らしい!

 タオルやお水の支援物資も貰われていった。  もみじ饅頭を食べた一人の高齢の女性が、「広島から来たの?」「80年前は広島は大変だったね。私は天草にいて、長崎に原爆が落ちた時、大変なことになったと子供ながらに思ったんよ。」と。「広島からわざわざ来てくれたんか。ありがとう」と感謝の言葉をいただいた。  開始から約1時間、大人の被災者はもちろん、子供達も満腹になったようなので、15時に撤収し、次の避難所へ。


 

甦れ火の国 熊本 小野部田小学校



 令和8年8月22日14時。宇城市小川地区の小野部田小学校体育館避難所へ。  弁当を食べ終えると暑い昼休憩は短めにして,次の避難所へ。  今回、初めて小川町へ。  小野部田小学校の体育館へ。受付も快くOKをもらい、体育館玄関の屋根の下にセットさせてもらった。  暑い日だが、日陰は、涼しく感じる。  セットしてから中の皆さんに声掛けをして行った。小学校だからなのか、これまで行った避難所と比べて、子ども達が多いと感じた。  ひととおり皆さんに食べていただいた後、子供達が、周りでワイワイガヤガヤ。 お替わりしていいよ、と言うとみんな並んでお替わり。シロップも色々ミックスしたり、練乳とあんこ乗せの組み合わせもみんな色々注文を楽しんでいる。  楽しいはずの夏休み。地震で家は壊れ、旅行にも行くなくなった。  そんな子供達に、わずかな楽しみを、楽しい時間が届けれたら。  子供達の弾ける笑顔に安堵と元気をもらった。なんと小さな体で6杯も食べた猛者もいた。  メロン、コーラ、マンゴーなどの注文もあったが、持ち合わせていなかった。希望に応えられず残念。次やる時には、レアなシロップも小瓶で準備しておこう。

2026年8月23日日曜日

コンビニにトイレトレーラー

 コンビニの駐車場にトイレトレーラーがあった。コンビニのトイレは断水で水が出ないため、流す水を持参しないと使えない状態。 

 外には、和歌山県の町から派遣されたトイレトレーラーが配置されていた。 

 今やコンビニはなくてはならない町のインフラなんだと認識した。誰もご利用するコンビニにトイレトレーラーを配置することで、誰も利用しやすい公衆トイレが完成していた。土地は,コンビニが無償提供、コンビニのお客の,サービス向上にもなる店も行政もウインウインの関係だ。良い取組だと思った。 

 あとトイレトレーラーを利用するときは、利用方法をよく読んでから使おう。 

 簡易水洗がほとんどなので、一旦便器内に水を貯めて、用足し後に。流すと言う一手間があるものがある。読んでやらないと便器が汚れたり、詰まったりする恐れがある。必ず使用方法を読んでから使いましょう。





暑いランチ

 12時30分に撤収し、宇城市の南の小川地区の小学校体育館に向けて移動。途中で昼ご飯にしようと食堂を探すが、開いたお店が無い。やっと氷川町の道の駅があり、入るも食堂は閉鎖。軒先でやっと野菜市をしているのがやっとの状態。  食堂は無いと涼しい食堂での昼食を断念。コンビニ弁当を買うことに。 店員さんが、「温めましょうか」、「冷たい方がいいです。」せめて食べるものは冷たい方がまだ良い。

 涼しいはずの昼食が、なかなか冷房が効かないハイエースの中でとなった。とにかく今日は暑い。

不知火防災拠点センターと不知火体育館


令和8年8月22日、10時40分.道の駅不知火で,トイレ休憩。災害支援への感謝の言葉がたくさんあった。  11時。二週間前にも来た不知火防災拠点センター避難所到着。玄関の受付で、かき氷実施の了解を得て、隣の避難所の不知火体育館の避難者にも、声を掛けさせてもらうことに。12時30分まですることとして、センターと体育館の中に入って両方の避難者に声を掛けさせてもらった。  5分で、準備完了。かき氷のプロかと思う手際の良さだ。  前回8月8日は、自衛隊と消防の給水車がいたが、今回は,大きな給水タンクが置かれ、被災者の方々が水を汲みに来ておられた。  ここでは、東日本大震災の被災地福島県いわき市のみなさんから届いた支援物資の配布もした。  オープンと共に、次と次と被災者の方が、かき氷に。次々と氷をすった。今回の練乳掛けと抹茶のあんこ乗せも大人気。被災者の顔に笑顔が広がり、かき氷しに来てよかったと再認識。  福島県からの支援物資、タオル1000枚や飲料水160リットルも希望者に配布。最初は遠慮がちな皆さんだが、どうぞどうぞと声を掛けると、次々と持ち帰ってもらった。断水と減圧給水で、飲み水はもちろん洗濯もできない状況で、タオルはありがたいようだ。そういえば、道中のコインランドリーのドアに大きく「乾燥のみ出来ます」と書いてあった。洗濯出来なければ乾かすものもなかろうにと。  隣には,他の団体が大きなトラックを横付け。どちらから?何をされているのか?聞くと群馬県高崎市からのボランティアだそうで、日野自動車の関連会社の方達が、宇城市の元社員?さんの困りように、なんとかしようとトラックを改造したシャワートラックで見参。断水でお風呂に入らない方達のために、片道1,200kmの尊い奉仕活動だ。タオルはあるか聞くと持ってないとのこと。被災者の方がシャワーを浴びようにも体を拭くタオルがないとのこと。それではと、福島県いわき市の皆さんから送られたタオルをお渡しし、被災者の方に使ってもらうようお願いした。  福島県からの支援物資、飲料水160リットルも給水に来られた方に、かき氷を食べてもらうなかで、話しかけると、貰いたいと言う希望が多く、次々と貰われていった。  今日の宇城市の予想最高気温は、37℃。 センター前の舗装の上は、軽く40℃を超えているのでは思う、猛烈な暑さ。冷たい氷を扱っていても、暑さが体に刺さった。  かき氷の横では、もみじ饅頭も配った。これまで、東日本大震災の年の9月に気仙沼にいった時に、初めて避難所でもみじ饅頭を配った。その時、高齢の女性が喜んで、昔流行ったB&Bの「モミジマンジユウ」をしようとして、「コマネチ」をされ、体育館の中が大爆笑。重苦しい避難所の雰囲気が一気に明るくなった。後からきいたら、この女性はずっと暗く落ち込んだ感じの方だったとのことだが、これ以降明るく話されるようになったとのこと。もみじ饅頭のパワー恐るべしである。以来、被災地には、もみじ饅頭を必ず持参している。広島からか、広島には孫がおるんよ、遠くから来てくれたんじゃね、広島のかき氷は美味しいとか、もみじ饅頭→広島→新たな会話と初対面の方とのコミュニケーションを取らせてくれます。もみじ饅頭にも感謝。  避難所の中では,甲子園の決勝戦が。どうもこれが終わるまでは,テレビから離れられない人が多数。12時頃に試合終了。かき氷にやっと来ていただいた。  12時30分、ほとんどの方にかき氷を食べていただき、店じまい。最後に群馬の方々と慰労の記念写真。シャワーチームにタオルを渡し、エールを贈った。













三角防災拠点センター

 令和8年8月22日9時40分、三角防災拠点センター到着。八代海に面した三角の町の高台、消防署の横にセンターはあった。  玄関に入り、かき氷の炊き出しをしたいと来意を告げると、きょうは家の周りの片付けなどで一時的に帰られた方もいて、今は被災者は2名しかいないとのこと。その言葉の感じては、人が少ないから炊き出しは無理にしなくて良いですよと無言で言っている感じがした。今までも、人数を聞いて、何もせずに帰る団体もあったのでないかと勘繰った。  メンバー全員一致で、二人のためにかき氷をすることを即決。すぐに準備した。天気は快晴。雲一つない。朝9時からもう暑い。30℃は超えている。  机を出して、器具を設置、氷をセット。今日の一番氷だ。まずは避難されている2名の方に、手渡し、それから世話をされている職員さんにも差し上げた。皆さんとても喜んで頂いた。特に今回は、ブルーハワイ、イチゴ、レモン、抹茶、グレープに練乳とあんこも加え、レベルアップさせた。 大前さんの発案で、味が全体に行くように二段がけにした。  出し終わるとすぐに撤収。二人の被災者の方は、とても丁寧に挨拶され、見送りまでしていただいた。  10時10分、三角を出発。




宇城市ボランティアセンター

 令和8年8月22日午前8時50分、センターの会場時間より10分早く到着。計画より、70早い到着。  前回、坂園さんに紹介していただいた小川事務局長と再会。前回、不知火とウイング松橋で、かき氷をして喜んでいただいたことを報告し、今日も、市内のできるだけ多くの避難所でかき氷をするためにやってきたことを伝えた。小川さんから、遠路のすでに2回となる奉仕活動に対する感謝の,言葉をいただいた。  今日のボランティアの登録予定は200人とのこと。宇城市全体で土曜日に200人は、少ないなと感じた。車のナンバーは、熊本、宮崎、福岡、長崎、佐賀、鹿児島、大分と九州ばかり。本州の車は、さとやま交流館以外には見つからなかった。なんか寂しい。   ボランティアセンターで、事前に連絡していた無料通行証明への受付印をもらい、今日の活動開始。  今日の公表資料では、三角防災拠点センター避難所では、避難者10人。メンバー4人で協議。往復1時間以上かかるが、きっと他の団体も小さい避難所は、あまり行かなくて、支援が足りてないだろうと、まずは、被災者10人の三角防災拠点センターへ。




氷 購入 いざ被災地へ

 8月22日午前6時。軽油を携行缶で50リットル給油。これで、今日の熊本県内の活動は、無給油でできる。  午前7時、北熊本SAの軽食と落田パンで軽く朝食。  全員、絶好調。7時20分早めにSAを出発。  熊本インターでは、一時退出。  今回は、災害ボランティア車両高速道路無料通行証明書による走行だ。サポートレーンで、事前に印刷した往路の証明書を提示し、免許証の提示で通れた。退出後の再度の入道は、他のインターでも可能かと聞いたが、事前に入力されたインターのみと言うことで、また熊本インターに帰ってこなければ。次回は,退出インター何ヶ所か書いておこう。  そういえば道中、びっくりしたこと。上り車線を戦車が走っていったのだ。正確には、タイヤの車両だったから、装甲車と言うのだろうか。大砲の部分は、戦車そのものの大きく長い大砲が一つ前を向いていた。ものすごい違和感があった。  その後,熊本市内の高野製氷店へ。開店時間は、8時30分と聞いているが、できるだけ早く活動開始するために、07時45分に、店の前に到着。程なく、ドアが開いた。すぐに「広島のさとやま交流館です。」と、すると「待たれましたか」と5分前に着いたばかりと伝えると、「氷は準備していますよ」と早速クーラーボックスを下ろして入れてもらった。今回は,できるだけ多くの方に冷たさをと大きなボックスにいっぱい、16貫目の氷を購入した。事前に電話で事情を話して、お願いしていたので、とてもスムーズにできた。  ここで、ここで、予定より50分の時間の余裕ができた。  その後、熊本インターから九州道へ再度入り、指定の到着インターである松橋インターで、退出。ここでもサポートレーンで、免許証の確認。列の前には,同じように、紙を出している車がある。そして宇城市ボランティアセンターへ。九州道がお盆前に全通し、鹿児島方面の車が、そのまま走れるようになり、高速も、市内も渋滞らしきものには全くかからなかった。NEXCOの頑張りに感謝だ。  


2026年8月22日土曜日

熊本まで来た

 8月22日午前2時40分、予定より20分早く、北熊本SAに到着。  今回の活動参加者は、東北、能登の常連 、大前さん、中野さん、三竿さん、盛谷さんの4人。運転は、盛谷(宮島まで)、中野(壇ノ浦まで)、三竿(北熊本までノンストップ)。  ここで、ちょっとゆっくり仮眠。  おやすみなさい。  




三次を出発

 令和8年8月21日21時、柳生さん、落田さん、鳳利さんの見送りをうけて、予定どおり三次を出発。  落田さん携行缶軽油40リットルといつもの落田ベーカリーの美味しい手作りパンをありがとうございます。明日の朝いただきます。  鳳利さん、元気出る出る栄養ドリンクありがとうございます。明日の休憩の時に、これでパワーアップします。ありがとうございました。  これから約6時間、安全第一で熊本に向かいます。



2026年8月21日金曜日

行き当たりばったりちゃらんぽらん のようでしっかり計画

 思い立ったら即実行 が前理事長から教えられた訓えである。そして、行き当たりばったりちゃらんぽらんよ といつも言われていたが、理事長は知らぬ間にきっちり準備されていたことが、だんだんわかってきた。

 今晩、熊本へ向けて出発するが、しっかり計画を忘れていない。

・熊本県の宇城保健所への届出完了

・炊き出し調整の確認

・宇城市ボランティアセンター(社協)との確認完了

・NEXCOの高速道路無料手続き完了

・熊本の製氷店との確認完了

・最新の宇城市の避難所、避難者状況の確認、訪問先の確定

・最新の断水、減圧給水エリアの確認

明日も熊本は37度予想で暑い日となりそうです。

今回も、かき氷で冷たいひと時を感じてもらおうと思います。

 500人分を準備して出発します。時間の許す限り頑張ります。

甦れ火の国 熊本

 東日本大震災の被災地から、熊本の皆さんにと多くの支援物資がとどきました。  今から15年前も、3月17日の地震の後、すぐに支援物資を集め、前理事長の柳生さんが、三次貨物のトラックで、3月からすぐに、支援を始めた。あれから15年、今年35回目の東北訪問をした。今も当時の被災者の方との交流が続いている。  コロナと前理事長が亡くなったことで、交流は、ストップするかと思われたが、熱い心を持った者は、もう前理事長だけではなかった。 

 そんな中、今回の熊本地震の被災者の皆さんのために、福島県のみなさんから、とてもたくさんの支援物資が,我々に託された。 

 今回持っていくのは、その内、

 タオル大箱4箱(かるく1200枚はあるだろう)

 飲料水160リットル(2リットルPET80本)

だ。 現在、熊本では、避難所には、多くの物資があり、物資は不要と言われる。ボランティアセンターでは、ボランティアのために使う物資は集められている。昔12年前の広島災害の時にも、福島県いわき市の中学生から託されたタオルを安佐北区の三入のボランティアセンターで、ボランティアのために使ってもらったことがある。  でも今回は、被災者に渡します。避難所に物資があっても被災者に渡っているかと言うとどうもそうではないようです。  前回8月8日の時に、タオルや日用品の支援物資をいる人にと出したところ、来る人皆さんが,次々と持って帰られました。  今回も、渡せると思います。  今晩21時に三次を出発します。

2026年8月16日日曜日

よみがえれ火の国 熊本

 今週末、2回目の熊本地震被災者支援に出発します。  今回も宇城市の,避難所に伺う予定です。  宇城市内の避難者の数は、前回行った8月8日の3,000人超から、今朝の公表情報では、600人超に。  2,400人の方は、自宅に帰られたり、ホテルや親戚などは二次避難されたのだろうか。  前回行った市内中心のウイング松橋は、閉鎖になっている。やはりいろいろな催しが計画されているから、移動してもらったのだろうか。  ずっと避難所に残っておられる方は,家には帰れない、二次避難も難しい方で。大変な方ばかりだと思う。まだまだ暑い熊本。広島からまた、かき氷を持って行こう。ほんのちょっとの気分転換かもしれないが、頑張って行こう。  ただ今同行メンバー募集中です。

2026年8月10日月曜日

蘇れ火の国 熊本 三次に無事到着

8月9日午前2時 三次へ無事到着。今回の走行処理1000km。
燃料は、落田さんと盛谷さんからの合計軽油80リットルの寄付により帰路はその補充のみで帰ることができた。
そして皆さん家路に。時間をい有効に使えて、被災者の方にもよろこばれて、準備した氷もすべて被災者の口に入ることができ、良い活動ができました。
 福島県いわき市の長谷川さん、半澤さんをはじめ支援者の皆様
 広島市の藤本様、森重様、三次市の吉田様、庄原市の盛崎様、そのほか各種支援物資を支援してくださった多くの皆様ありがとうございました。
 阿蘇郡西原村の吉井村長、お忙しい中、我々のために時間を割いて、お礼と復興状況の説明をしていただき、ありがとうございました。
 熊本県の曽我さん一家、同じく坂園さんご夫妻、熊本県内各地の事前調整や当日案内ありがとうございました。
 今回参加の山村さん、中野さん、山本さん、三竿さん、盛谷さんもお盆前の忙しい中、0泊3日の旅に参加いただき、暑い中、支援活動をしていただきありがとうございました。
熊本は、これから仮設住宅ができるまで半年くらいは、避難所生活が続くのだと思います。そして仮設住宅に入っても家が再建されるまでには多くの時間を要するでしょう。
さとやま交流館は、大きなことはできません。でも、細く長く被災者の方を応援していく活動をしていきます。また、能登半島地震被災地の支援も継続します。
次回の熊本支援活動計画を速やかに作成しますので、引き続き多くの方のご協力をよろしくお願いします。
よみがえれ火の国 熊本!

不知火防災拠点センター

 



8月8日15:00 今回最後の避難所 不知火防災拠点センター。受付後さっそく、玄関正面に、車を配置。かき氷屋の準備をした。ここは玄関横に自衛隊と行政の給水車の2台があり、自宅避難者も次々と水を汲みにこられた。機械に氷をセットし、開始。三竿かき氷マシンが、うなりをあげて氷を擦った。子供たちは、何か楽しそうであり、若い人も縁日のかき氷のような感じか。高齢の男性が、何十年ぶりかのお と言いながら、かき氷食べて、笑顔で、冷たくて旨いと言ってくださった。食べた全員が、喜んでくださったと感じることができた。たかが氷、されど氷。広島・三次から持ち込んだ氷であることも伝えた。

 ここでは、福島県いわき市の長谷川さんや半澤さんそれに広島県内から山村さんをはじめ皆さんから預かったタオル400枚やまるで100円ショップが0円ショップになったのかと思うような品ぞろえの日用品類、庄原の福間さんら預かった携帯式消毒液セット、それに定番のもみじ饅頭も一緒に配布。タオルもその他の物資も皆さんが手に取り、次々に持ち帰ってもらった。ボラセンターや避難所の受付では、物資は余るほどあるといわれていたが、ニーズがあるのに行政に集まった支援物資は行き届いていないことが確認できた。これはいつも、どこでも感じることで、神戸以来、何も変わっていない。
 かき氷マシンもうなりをあげて、まるで夏祭りがやってきたような錯覚を覚えるかき氷屋になった。午後5時、給水の自衛隊や行政の方も片付け、最後に被災者の足も途絶えたので、関係者の方にも、皆さんが熱中症になったら、こまるのは被災者の方だから遠慮なく食べてと無理やり食べてもらい、皆さん笑顔になりました。最後の24個目の氷もなくなり。撤収。カップ数から2箇所で300人分以上を出したようだ。ごみを分別整理してハイエースへ。17:30 受付の職員さんにお礼を言って出発。

お昼のひととき

8月8日13:00 坂園さんの案内で、次の避難所の不知火防災拠点センターへ移動。ここの受付の宇城市職員もとても丁寧だった。いったん休憩した後、かき氷をさせていただく事を了解いただき、ここで坂園さんに案内のお礼を言って別れた。本当に感謝だ。
そのあと宇城市内の昼食店を探して回るが、中々むつからない、そういえば、宇城市内は断水がまだ相当あり、断水でないところも減圧給水のため、水が出るのは1階のみでかつ、ちょろちょろと言われていた。だから飲食店もむずかしんだな。
 結局、全国チェーンのファミレスに入る。中は満員だった。冷たい水をたらふく飲んだ。少し休憩して、午後の部へ突入!

ウイング松橋(まつばせ)




8月8日10時45分 ウイング松橋(避難者473名(8.7市HP))に到着。さっそく受付へ。ここの宇城市の責任者は丁寧な対応で、忙しい中、細かく説明してくれた。かき氷は炊き出しになるので、事前に保健所への届けがいるとのこと。今日は土曜日、もうできないのか思ったが、熊本県宇城保健所に電話すると電話がつながり、今日も届可能とのこと。すぐに県の合庁内の宇城保健所へ移動。炊き出しチェックを受けて届け出に確認を受ける。保健所の方の土日返上で休みなく働いておられるようで、お疲れだとは思うが、丁寧に対応してくださった。届をすまし、ウイング松橋に戻った。
玄関で、曽我さん一家と再会。曽我さんはみまこさんが、当所8月22日にここでコンサート開催する予定だったが、地震のため中止となっていた。曽我さんは、施設の皆さんに挨拶や慰労に来られていた。我々も受付で保健所届出済を確認してもらい、現在書き出しはいないので、かき氷をしてもらってもよいと快諾を得て、場所も正面玄関前のロータリーに、ハイエースを止めて、準備。
 ハイエース常備のサイドオーニング(横に伸びるタープ)を広げて、日陰を構築。能登地震の時に仮設住宅で広げて以来の1年9か月ぶりだ。
 簡易テーブルを出して、雰囲気をだすために、かき氷の暖簾を2枚セット。湯木青年会より借りた、伝統のかき氷機をセット。曽我さんファミリーと坂園さんが手伝っていただいて助かった。
避難所内から続々と人が・・大急ぎでクーラーをあけて、氷を割る。広島・三次のたまり製氷店でたくさんのドライアイスを入れてくれたおかげで、氷は全く溶けていない。
 氷は、12貫目。各氷24個ある。まずは一個めを装着。電気の不要な人力かき氷機。エンジン部は、三竿さん。熱い中、回すだけでも大変だが、次々と来られる方へ、次々と削って、横へ置き、山村さんや山本さん中野さんが、被災者の方に一人づつ声をかけながら、手渡していった。シロップもブルーハワイ、レモン、イチゴ、抹茶、そのほかにも数種類。十分そろえたつもりだ。簡易テーブルのため、機械を回すとテーブルが大きく揺れる。それも坂園さんが、横から揺れないように抑えてくださった。
 すぐに10名くらいの行列が。行列はなくなることなく続き、みな冷たいかき氷に、冷たい、おいしいと笑顔になられた。200ほど作ったところで、人出もなくなり時間も12時30分を過ぎた。ここで、受付でお礼のあいさつをして、移動することに。

宇城市松橋東防災拠点センター



8月8日10:30 宇城市松橋東防災拠点センター(避難者数515名(8.7市HP)へ到着。地元の坂園さんのルートは全く渋滞しておらず、スムースだった。早速、避難所の受付へ。中は、廊下にこそおられないが、段ボールで仕切った避難エリアには多くの方がおられるようだ。
 受け付けでかき氷をしたいがどうかと確認。既に他団体が、玄関先で、かき氷をされているとのこと。気づかなかった。玄関の外の先を見てみると大きなバスで、何かされてりようだ。とても静かで、被災者の方もまばらで、かき氷か何かもよくわからなかったが、バスの中で作って、外で配布されているようだった。
 やむなく次へ 坂園さんの先導で移動した。

宇城市災害ボランティアセンター


8月8日10時、曽我さんの案内により、渋滞に遭うことなく10時に宇城市災害ボランティアセンターに到着。広い駐車場に7割方埋まっており、9割9分以上が九州ナンバーだった。本州の皆さん、これからは本州の皆さんの出番ですよ!

 ここでまず、西原村元職員の坂園さんのご主人で元宇城市役所職員の坂園さんと初めてお会いし、坂園さんの紹介で、社協のセンターの責任者の小川さんとお話しすることができた。各戸の災害ボランティアについては、ここでニーズを把握して、ボランティア登録された方に出動してもらっているとのこと。避難所での炊き出しや支援物資については、各避難所で聞いてほしいとのことだった。支援物資は、十分あると思っているとのこと。
事前に調べた市内避難所の内、今回の候補地として、松橋東防災拠点センター、ウイング松橋、不知火防災拠点センター、松橋西防災拠点センターについて位置等を聞いた。
 エアコンの設置状況について聞いたところ、市が把握している避難所は全てエアコンはついているとのこと。ちょっと安心した。この周りは被害があまり見えないが、断層付近では、ひどい状況とのことだった。センターの小川さん忙しい中ありがとうございました。ここで曽我さんご一家とは別れて別行動に。ここからは坂園さんの案内で移動した。