●義援金・救援金の募集について
西城さとやま交流館の東日本大震災の支援活動はまだまだ続きます。
皆様の気持ちを被災地に届けたいと思います。
どうかこれからもご支援をお願いします。
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2024年12月22日日曜日

次の支援活動決定!

 さとやま交流館の次の能登半島地震被災地支援活動が決まりました。
 日時
  令和7年1月10日(金)夜 広島・三次出発
      1月11日(土)09:00輪島市現地
      当日広島帰着
 内容
  毛布、布団、防寒着、タオル、カイロ、文房具などの配布
 場所
  輪島市マリンタウン第2仮設住宅集会所

 次回は、前回要望が高かった、毛布や布団、防寒着の寒さ対策用品を持って行きます。嵩張るので、より多く積めるように、3〜4人の小人数での往復とします。
 泊無しの往復1400kmの弾丸活動です。猛者を募集中。

2024年12月20日金曜日

あなたの笑顔が見たい

 14日午後。帰る途中、小松市粟津温泉法師さんに立ち寄る。
 元旦の地震で、旅館も被災し、次々と宿泊キャンセルが入る中、早々から、輪島市や珠洲市から次々と訪れる被災者の2次避難先として受入れ、当初3月までの所、真っ先に受け入れ期間の延長を申し出され、結果的に他も追随した形となり、仮設住宅の整備が遅れる中、被災者の居場所が確保された。
 その法師に避難されていた輪島や珠洲の方々を私達さとやま交流館は、少しでも何かできないかと、防寒着や文房具など持って1月、2月、4月、6月と訪れた場所である。
 今は,被災者はおられないとのことだが、今回は、ここの名湯で疲れをいやさせていただきました。
 1300年前泰澄大師が、雅亮法師に「粟津に霊験あらたかな温泉がある。掘り起こし末永く人々の為に役立てなさい」といわれ、以来雅亮法師を初代に、法師の養子となった2代目以降、昨年亡くなった46代まで「法師善五郎」を名乗り湯を守り続けてきた。そして、今も変わらぬ1300年前と変わらぬ温泉の癒しを広く届けるその役目を果たされている。
 いつ来てもこの温泉は最高です。 1,300年の心意気を感じます。
 こんな被災者支援に頑張られた旅館『法師』も皆さんよろしくお願いします。

あなたの笑顔も見たい

 14日の夜は、能登の支援で初めての金沢泊。これまでお世話になった方の慰労会と今日の反省会をしました。

 一人は石川県の島袋さん。農林水産ボランティアの受付調整役として、1月から頑張ってこられ、9月の豪雨では、収穫前の被災に稲刈りや田畑のゴミ出しなどのボランティアの調整に休み返上で頑張って来られました。

 10月にさとやま交流館が、珠洲市宝立町へ稲刈りボランティアに行った折も、休日にも関わらず、金沢から駆けつけて下さいました。元旦の地震からもっと厳しい環境下からずーっと頑張っておられるのを考えると感服します。今日も10月の縁で、わざわざ駆け付けて下さり、再会することができました。

 もう一人、輪島市の板岡さん。この方は,5月から、広島県から災害の応援として、来られており、漁港など被災の災害復旧工事を担われています。

 今回輪島市のマリンタウン第2仮設住宅でお米を配布することについて、事前に現地の団地案内図の写真を送ってもらいました。この配置図のおかげで、混乱なく配布することができました。

 このお二人と我々6人で、二人の慰労会と反省会。美味しい石川県の肴とお酒で、疲れを吹き飛ばしました。

2024年12月16日月曜日

あなたの笑顔が見たい

 12月15日22時20分。無事1泊3日の6回目の能登半島地震被災者支援活動から三次に帰着しました。色々と物心両面からお世話になった皆様,ありがとうございました。
 今回、想像以上に能登の皆様に喜んで頂き、汗をかいた疲れも吹き飛びました。活動した6人全員が、逆に能登の皆さんに元気をもらって帰りました。
 次の新年1月の活動の募集はまた,確定しだいお伝えします。
 今回の活動内容はまだまだ伝えきれておりません。また,少しずつ報告していきます。
 支援してくださった皆様、そして能登の皆様、ありがとうございました。
 また,よろしくお願いします。

2024年12月15日日曜日

復旧の槌音

 海底の隆起。
 海岸線が、100〜200mくらい沖合になっているようです。
 国道249号は、震災で元の道路は完全に無くなり、跡形もないところもあり、今は隆起した海の上に1車線の仮設道路が作られているが、さらにその海側に2車線の仮設道路が工事中で完成間近であった。寒風の中、海のしぶきを浴びながらも、頑張っておられる建設会社の作業員の皆様に敬服します。

被災地の復興・復旧に更なる支援を!

 能登の代表的な観光スポットの一つ、世界遺産の白米千枚田。
 地震でも亀裂や地滑りによる被害、用水路の被害が見受けられたが,地元の皆さんらの頑張りで、半分くらいは、植え付けされていたが、今回、9月豪雨を受けて、新たに畦の流失や背後の山の大規模な土砂崩れがおきていた。
 もとの機能、景観に戻るには、また相当の労力と時間、そしてお金がかかる。農地なので、全て公費と言うわけには行かず、田んぼの持ち主の負担も大きかろう。
 クラウドファウンディングなど全国から支援ができる制度が必要だ。
 

災害復旧の更なる加速を!

 輪島市内の朝市通りの西側を流れる河川。
 震災で、背後地の液状化による背面の沈下や護岸の後ろ折れの被害がみられたが、9月21日の豪雨で、相当の被害拡大があったようで、護岸全体に大型土のうが積まれる応急仮工事が実施されていた。これを復旧しないと道路や宅地の復旧が出来ない。来年は、さらに全国からの応援の元、復旧のネジを巻かねば!

あなたの笑顔が見たい

 1月の支援活動から、能登 の被災者の連絡調整役として、とてもお世話になった輪島の山原さんも輪島の道の駅ふらっと訪夢に挨拶に駆けつけてくださいました。たくさんのお土産までいただきました。いつも本当にありがとうございます。
 ご自宅は、震災で住めなくなり、さらに9月の豪雨で家に通じる唯一の道路が流され、家に帰る事もできなくなり、重機が入らないため、家の解体もできないとのこと。
 新しい年には、まずは道路の復旧、そして家や町の再建と一歩ずつ進む事を祈っております。

あなたの笑顔が見たい

 今回、庄原市口和町湯木の三吉様より預かった令和5年産コシヒカリの玄米と令和6年産コシヒカリの合わせて70kgも保冷庫で保管されており、古米も新米同様に美味しいです。
 玄米なので日持ちがするので、必要な時に精米して食べて下さい。

あなたの笑顔が見たい

 被災者の一人一人に手渡すと一人一人から,気持ちのこもったお礼の言葉をいただきました。
 広島からわざわざもってきてくれたの?ありがとう
 お米は、高いからとてもありがたい 
 あなたがつくったの?ありがとう。
 本当におせわになりました。
 1月以降2次避難先の粟津温泉から、顔を知っている方々も当然おられ、
 よく、また遠くからきてくれたね。
 前にもらった防寒着着とるよ
 何回も来てくれてありがとう
そんな声の中に
 もう防寒着ないん?
 毛布もあったら欲しいよ
 と言う声がたくさんありました。

新米を配るサンタクロース参上

 部屋から出てこられない方には、個別訪問。
 米を配るサンタクロースです。
 全員とても笑顔で、わずか2kgの広島奥備後産さとやま支援米コシヒカリ(庄原産)を受け取ってもらい、一人一人から丁寧なお礼の言葉をいただきました。
 サンタクロースもたくさんの元気をもらい、また次の支援をするための元気の貯金になりました。

2024年12月14日土曜日

あなたの笑顔が見たい

 皆さんから防寒着や毛布に子供の文房具の要望もありました。
 1月から多くの支援物資を預かっており、とくに毛布や布団類はまだ渡せていない物もあるのでで、新年早々に、またこれらの支援物資をもって、訪問することを約束しました。

あなたの笑顔が見たい

 500kgのお米とタオル、カイロ、それに20着あまりの防寒着とボア敷パッド9枚、とても喜んでいただきました。
 戸数が200戸以上と多かったため、一戸あたりわずか2kgずつと少なかったのですが、皆さん喜んで受け取っていただきました。
 これまでの準備の疲れが吹き飛びました。

あなたの笑顔が見たい

 12月14日午前9時00分
 予定どうり輪島市マリンタウン第2仮設住宅に到着。 
 少し、小雨の中、持参のテントと車のサイドオーニング(10年ぶりに拡げた)を広げて、準備万端。
 早速、お米とタオルとカイロの配布開始しました。
 朝早くから、多くの方が次々に来てくださいました。
 皆さん笑顔で、感謝のお言葉をいただきました。

あなたの笑顔が見たい

12月14日午前7時00分予定より2時間早く無事輪島市に到着しました。
 道の駅ふらっと訪夢にて

2024年12月13日金曜日

あなたの笑顔が見たい

 今回も老体ハイエースに満載です。 
 特にお米500kgは初体験。
 24歳のハイエースはいつも大活躍!
 帰着するまで壊れませんように!

あなたの笑顔が見たい

 12月13日20:45 みよしまちづくりセンターに集合。三次は小雨模様。
 柳生さん見送りを得て、落田、中野、三竿、神川、音野、盛谷の6名、定刻どうり21時00分出発しました。
 明日の到着予想タイムは、輪島市マリンタウン第2仮設住宅へ9時30分頃到着を予定しています。
 今回の積荷は、お米500kg、今治タオル100、防寒着25着、カイロ100、ボア敷パッド9枚、もみじ饅頭たくさんなど。
 能登の皆さん待っていて下さい。 
 安全第一で行って来ます。

500kgの米 準備完了

新米2kg217袋合計434kg積込み完了。
髙橋食糧店の御夫妻が、仕事の合間に作業していただきました。ありがとうございました。いよいよ明日、能登へ出発です。

2024年12月8日日曜日

あなたの笑顔が見たい

広島の備北地方も遅い雪の到来。
次の週末には、広島も能登も雪マーク。
13日は、雪マークの中、新米約500kg、防寒着、使い捨てカイロなどをハイエースに満載して、三次を出発します。
 広島市から1名、尾道市から1名、三次市から3名、庄原市から1名計6名で、能登へ向かいます。
 これまで、応援いただいた支援金も米300kgの購入費などにも当てさせていただきました。お米は、農家の方から、お安く分けていただきました。200kgは、口和の三吉様盛谷様より現物支援もいただきました。皆さんありがとうございました。
 カイロは、広島の藤本さんがわざわざ庄原まだ届けてくださいました。
 皆さんのお気持ちを12月14日輪島市マリンタウン第2仮設住宅(213戸)の皆さんにお渡しします。
 これから、益々寒くなります。
防寒着も持っていきます。使ってもらえたらありがたいです。
 13日21時に、三次を出発します。
 

2024年12月1日日曜日

被災11ヶ月

元旦の被災から11ヶ月。
夏にやっと比較的故郷に近い仮設住宅に帰られたと思ったら、9月21日に、過去最大の大雨被害。復旧しつつあった道が、1月以上に被災したところも。そして家も・・・
 また寒い冬がやって来ました。北陸道も毎日のように冬用タイヤ規制が出るようになりました。これからますます寒くなって行きます。
 被災地の皆さん、まずは寒さ対策を万全に、お体にお気をつけください。
 14日は,輪島市マリンタウン第二仮設住宅へ向かいます。町によっては、まとめ役の区長さんや自治会長さんが不在の仮設住宅もあるとのこと。会長さん不在の場合でも213戸全戸にお米を配ります。
 もう少し待っていてください。

2024年11月17日日曜日

さとやま能登支援米

 さとやま能登支援米16袋480kg
これから、輪島へ持っていくために精米と袋詰めのため、米屋さんへ持って行きます。家で精米,袋詰めしようと考えていましたが、200袋作るには、時間がないため 、柳生前理事長のときから東北や熊本へ支援米を送るたびに、お世話になっていた三次のお米の髙橋さんにお世話になります。
 米は輪島市マリンタウン第2仮設住宅の213戸全戸へ配布します。
 庄原市口和町湯木で育てた、コシヒカリです。今年ももちろん一等米です。
 12月13日夜に出発します。

支援の輪 元気の源

11月16日
今日、元気の出る出来事がありました。
今年2月、さとやま交流館の能登半島地震で被災された方への防寒着の支援活動を知り、広島市からわざわざ防寒着や文房具、支援金を庄原まで持って来ていていただいた、広島の藤本さん。
来月12月の輪島への再訪をしり、わざわざまた,庄原まで支援物資を持って来て頂きました。
預かった使い捨てカイロこれから寒くなる能登半島輪島の仮設住宅の方々はお渡しします。
合わせて活動への支援金もあずかました。今後の支援活動で、物資の購入などに活用させていただきます。
本当にありがとうございました。
2月に初めてお会いしてから9ヶ月。お会いするのは2回目ですが、ずっと前からの友人のようです。被災者の方への熱い支援のお気持ちに感動すると共に、ものすごく大きな元気をもらいました。
ありがとうございました。

次は12月13日出発。14日輪島市マリンタウン第2仮設住宅213戸の皆さん全戸へ、庄原産新米コシヒカリを配ります。藤本さんから預かったカイロもその時に。希望者にお渡しします。
だんだん準備が忙しくなって来ました。

2024年11月1日金曜日

被災から10ヶ月

 毎週、ボランティア募集のメールが来ます。
 10月中頃までは、災害ボランティアはすぐに応募があり募集停止になっていて、農林水産業ボランティアは少し集まりにくい傾向があった。
 でも今週の募集から、急になかなか集まらなくなった感じだ。
 明日以降のボランティアがまだまだ集まっていません。
 災害ボランティアも農林水産業ボランティアもまだまだたくさんの皆さん一人一人の力が必要です。
 今なら、計画的に数日連続のボランティアも可能ですから、ちょっと遠い所からのボランティアをお考えの方、ぜひ連泊ボランティアも検討しましょう。
 ボランティアの方が泊まれる宿は結構あるようです。
 ざひ、今こそ、雪の降り出す前に、能登へ行こう。

2024年10月28日月曜日

スーパーボランティアも断念 能登半島災害ボランティアの受付の課題

日本で最も有名なボランティア
スーパーボランティアこと赤い鉢巻がトレードマークの尾畠春夫さん。
尾畠さんが、この夏に,能登半島へ片道20時間かけて単身ボランティアに赴いたが、一日も作業する事なく、ボランティアを諦めて、大分へ帰られたとのこと。
尾畠氏の話によると、これまではどこの被災地でも、そこのボランティアセンターに行けば、すぐに活動できたが、能登では,県庁や市役所、社会福祉協議会に許可をもらってokなら、チームに入って行動してください と。
 尾畠氏の思いは、私達が一月から感じているのと全く同じで、ボランティアが活動しにくく、結果、ボランティアが集まらない要因になっていると言う事なんです。
 石川県の方が言われていましたが、初めての事で、どのようにするのが良いのか、今まで他の被災地でどうされていたのかわからないと。
 この尾畠さんの正直純粋な思いを被災地のボランティア受入を担当されている部署は、そろそろこれまで以上の石川方式に舵を切って欲しい。

2024年10月22日火曜日

大雨から1ヶ月

 能登半島を襲った豪雨による災害から1ヶ月となった。
 一月の震災から9ヶ月。やっと仮設住宅に入り、これから復興に向けてスタートと言う時に、未曾有の豪雨が起きた。なかには、地震の被災を直したばかりの家が再度被災した方もおられるときいた。
 先週、珠洲市へ洪水で機械が入らなくなった田んぼの稲刈りの手伝いに行った。
 国道周りはまだ洪水被害のまま、路面の土砂が撤去されているのみで、周りは土砂に埋もれ大きな流木がガードレールを薙ぎ倒したままだ。
 地震による被災、津波による被災、洪水による被災。故郷がこれからどうなるのか、自分はどうしたら良いのか、みな大きな不安を抱えられている。今、国政選挙の真っ最中。こう言う時こそ、富の再配分機能を司る国、行政が1年後5年後10年後を被災者に見えるような積極的な税金の活用とルール運用をお願いしたい。

2024年10月19日土曜日

あなたの笑顔が見たい

次回の能登半島地震豪雨被災地訪問予定です。
 日時
  12月13日(金)17:00 三次発
  12月14日(土)09:00輪島市着
   輪島の仮設住宅訪問
    新米、防寒着などの配布、被災者の方々と交流
    夜は石川の方と交流会
  12月15日(日)午後石川発
       22:00三次着
 次回は、広島県庄原市の山奥で、春から能登へ届けるために育てたコシヒカリを持っていきます。
 1月から何度かお会いした皆さんと再会できる事を楽しみにしております。

2024年10月18日金曜日

見附島(軍艦島) 珠洲市宝立町

(Googleマップより撮影)
珠洲の鵜飼海岸の沖合200mの所に位置する見附島。
 今から1200年程前、弘法大師が佐渡から能登へ行く途中最初に見付けたからその名が付いたと言われている。
 弘法大師がその師匠である唐の恵果(けいか)から授かった三杵(さんしょ)の内、五鈷杵(ごこしょ)を見付けられたのが、この見附島とか。あとの二つは、高野山と佐渡島にあるらしい。
 先の尖った島の形などから軍艦島とも呼ばれた。石川県の天然記念物に指定されている。
 ところが、今年元旦の能登半島地震で島の約半分が崩落、以前とは違う形を表している。 
 珠洲のこうぼうアグリの社長さんがとても残念がっておられました。
 でも形は変わっても、見附島は見附島。弘法大師から1200年その歴史は変わりません。
 皆さん、軍艦島としては、以前の風景とは変わっていますが,これからも歴史のあるそして新たな景観となった軍艦島、見附島です。
 弘法大師の立像や縁結びの鐘などもあります。
 全国の皆さん是非能登半島へ珠洲市へそして見附島を見に行こう!

見附島(軍艦島) 珠洲市宝立町

2024年10月17日木曜日

能登の玄関口 能登里山空港

 能登里山空港。
 震災で一時使えなくなりましたが、早期に復旧。以来、救援物資や人の重要な能登の玄関口として、そしてこれからは、元のように観光客の玄関として、能登半島の賑わいを牽引していくことを期待します。
 能登里山空港は、道の駅能登里山空港にもなっており、車で旅行される方も、広い駐車場に車を止めて、レストランやお土産コーナーにインフォメーションやATMもあります。
 能登は、レンタカーで自由に巡るのが最高。ターミナルのレンタカー屋さんで、モデルコースなどの観光情報を確認し、能登半島の旅へレッツゴー!
 まだまだ、復興途上ですが、能登の観光産業の復興には、全国からの観光客の力が必要です。
 これから何度も何度も能登半島を訪れて応援しましょう!
 レンタカーのところで山原さんが皆さんの訪問をお待ちしています。