●義援金・救援金の募集について
西城さとやま交流館の東日本大震災の支援活動はまだまだ続きます。
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2026年6月1日月曜日

復興状況 2

  帰路は、輪島から時計回りに珠洲市に行った。

 一昨年10月大前さん、中野さん、盛谷さんが、能登半島豪雨のあと、手刈りによる稲刈りにきたところだ。その田んぼの横を通った。きれいに田植えがされていた。田んぼとして、復興していた。もし、荒廃していたら悲しかったが、ちゃんと田んぼとして、水が張られ、あおい苗がピンと立っている、よかった。稲刈りした甲斐もあったなと。

 周りの田んぼ、特に国道の上側の当時は、完全に土砂がいっぱい溜まっていた田んぼが綺麗になって、田植えがされていた。去年はまだだったと思う。確実に少しずつだが復興は進んでいる。


能登の復興状況

 6月1日(月)朝8:00 輪島市の民宿寅さんの女将さんと若大将にお礼を告げ、また来ますよと、出発。

 まずは、世界遺産の白米千枚田の復興状況を確認に。田植えが、3分の2はされていただろうか。去年より倍以上植えられている。少しずつだが、ここも復興している。

 そうだ、能登の復興は?と言うと

 まずは能登さとやま海道。時速30kmす出せなかった高速道路が、かなり補修され、時速60km道路になっていたのには、感心した。まだまだ本復旧ではないが、走行性は格段に良くなっていた。

 市内の状況は、解体が進んだな と言う感じだ。また新しい家は、まだあまり見ないなと言う感じ。でも壊れた家は、少なくなり、更地が増えた感じでした。


 約2時間。17:30楽しい時間もお開きに。お土産は、消毒液。庄原の方から預かりました。皆さん喜んで受け取っていただきました。

 私たちも、皆さんの笑顔に元気をたくさんもらい、また12月に再訪する約束をして、わかれました。

 これからは、米づくりに精を出さにやあいけんのお!

あなたの笑顔が見たい

 




 5月31日15時15分、石川県輪島市マリンタウン第二仮設住宅第二集会所に到着。

 今回は,お茶を飲んで皆さんでお話しをしてもらう会。特に変わったものではない。だからとても心配もあった。・・・誰も来てもらえないのでは・・・

 地元の山下さんと亀井さん,山原さんらが、すでに会場設営済み。集会所の机を出せるだけ出して、椅子もたくさんきれいに並べられている。

 こんなに人がきてくださるのだろうか。持って来たもみじ饅頭110個と乳団子100個、広島の藤本さんから託された125個のフルーツゼリー、福島県の皆さんから託された多くのスイーツ、庄原産のはぶ草茶を6リットルのポット二つに仕込み、さらにお茶のPETボトルを並べた。地元の方も、今日は人が少ないかもね と。

 13時45分には、こんにちは と被災者の方々が。そしてなんとあっという間に、満席に。

 ワイワイガヤガヤ。ああ良かった。

 さらに、手前ミソかなと思いながらも,さとやま交流館が能登半島地震のあと、どのように活動したか、能登の皆さんとの二次避難先の小松市粟津温泉法師での出会いから、これまで9回の活動をスライドショーで、大型モニターに上映。

 皆さんの反応が気になった・・・全て杞憂だった。

 わあ、こんなかったよね。

 あれは◯◯さんよ。

 あんた、映っとるよ。(広島弁に翻訳)

 わー、きゃー、ワイワイガヤガヤ

 と、思わぬ盛り上がりにびっくりした。でも、皆さん笑顔で、とても楽しそうに、注目してみてくださった。

5月31日15時 輪島着



 5月31日15時、朝も早く出て、道中もスムーズ、休憩も最短にし、計画より約1時間早く輪島に到着。

道の駅に降り立つとその暑さが、肌に沁みた。

よし、いよいよ皆さんにまた会えるぞ。

朝、6:30 輪島に向けて出発

 


 5月31日朝6時30分、日曜日の早朝、今日の目的地石川県輪島市へ向けて出発。
 こんな早朝にもかかわらず、楢葉の坂本さんはわざわざ見送りにホテルまできて下さった。
 坂本さんは、毎回見送りに来てくださる。
 気をつけて の言葉に、安全運転をあらためて肝に命ずる。そんな坂本さんに感謝しかない。
 いつもありがとうございます。
 またお会いしましょう。
 これから、能登半島地震で被災された皆さんのところに走ります。

2011年以来15年の大切な友

5月30日夜。15年来の友と。
2011年3月、東日本大震災が発生。さとやま交流館は、支援物資を大型トラック一台分をかき集め、3月24日に東北へ。当時、福島第一原発事故が発生し、世の中の支援者は、福島を避けて宮城や岩手に入っていった。
柳生理事長は、逆に福島が置き去りになる危機感を抱き、福島県双葉群楢葉町(いわき市・中央台南小学校)避難所へ。
「民間団体、民間人が直接こられたことはありません。ご恩は一生忘れません。」
避難所の責任者から丁重なお言葉をいただきました。
 あれから15年。数えてみると35回目となる訪問。
 長い避難生活を強いられる中、我々も あなたの笑顔が見たい と支援を続けた。その中で、今では、とても大事な友ができた。
 今日お会いできたのは,楢葉の坂本さん、茨城から遠路来てくださった坂本さんのご両親、お昼の美味しい料理を作って下さった吉田さん、いわき新川をきれいにする会の長谷川副会長をはじめ皆さん、元サンフレッチェGMで元Jビレッジ副社長の高田さん。草刈花植えで再開できた半谷さん。湯本児童クラブの半澤さん。今日は会えなかったが、大切な友はまだまだたくさんいる。
 距離は1000km離れるもとても大切な友である。
 みんな元気に再開できたことに感謝。
 皆さんから、能登への思い、明日の輪島の茶話会へ福島からの差し入れも預かった。