●義援金・救援金の募集について
西城さとやま交流館の東日本大震災の支援活動はまだまだ続きます。
皆様の気持ちを被災地に届けたいと思います。
どうかこれからもご支援をお願いします。
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2024年10月28日月曜日

スーパーボランティアも断念 能登半島災害ボランティアの受付の課題

日本で最も有名なボランティア
スーパーボランティアこと赤い鉢巻がトレードマークの尾畠春夫さん。
尾畠さんが、この夏に,能登半島へ片道20時間かけて単身ボランティアに赴いたが、一日も作業する事なく、ボランティアを諦めて、大分へ帰られたとのこと。
尾畠氏の話によると、これまではどこの被災地でも、そこのボランティアセンターに行けば、すぐに活動できたが、能登では,県庁や市役所、社会福祉協議会に許可をもらってokなら、チームに入って行動してください と。
 尾畠氏の思いは、私達が一月から感じているのと全く同じで、ボランティアが活動しにくく、結果、ボランティアが集まらない要因になっていると言う事なんです。
 石川県の方が言われていましたが、初めての事で、どのようにするのが良いのか、今まで他の被災地でどうされていたのかわからないと。
 この尾畠さんの正直純粋な思いを被災地のボランティア受入を担当されている部署は、そろそろこれまで以上の石川方式に舵を切って欲しい。

2024年10月22日火曜日

大雨から1ヶ月

 能登半島を襲った豪雨による災害から1ヶ月となった。
 一月の震災から9ヶ月。やっと仮設住宅に入り、これから復興に向けてスタートと言う時に、未曾有の豪雨が起きた。なかには、地震の被災を直したばかりの家が再度被災した方もおられるときいた。
 先週、珠洲市へ洪水で機械が入らなくなった田んぼの稲刈りの手伝いに行った。
 国道周りはまだ洪水被害のまま、路面の土砂が撤去されているのみで、周りは土砂に埋もれ大きな流木がガードレールを薙ぎ倒したままだ。
 地震による被災、津波による被災、洪水による被災。故郷がこれからどうなるのか、自分はどうしたら良いのか、みな大きな不安を抱えられている。今、国政選挙の真っ最中。こう言う時こそ、富の再配分機能を司る国、行政が1年後5年後10年後を被災者に見えるような積極的な税金の活用とルール運用をお願いしたい。

2024年10月19日土曜日

あなたの笑顔が見たい

次回の能登半島地震豪雨被災地訪問予定です。
 日時
  12月13日(金)17:00 三次発
  12月14日(土)09:00輪島市着
   輪島の仮設住宅訪問
    新米、防寒着などの配布、被災者の方々と交流
    夜は石川の方と交流会
  12月15日(日)午後石川発
       22:00三次着
 次回は、広島県庄原市の山奥で、春から能登へ届けるために育てたコシヒカリを持っていきます。
 1月から何度かお会いした皆さんと再会できる事を楽しみにしております。

2024年10月18日金曜日

見附島(軍艦島) 珠洲市宝立町

(Googleマップより撮影)
珠洲の鵜飼海岸の沖合200mの所に位置する見附島。
 今から1200年程前、弘法大師が佐渡から能登へ行く途中最初に見付けたからその名が付いたと言われている。
 弘法大師がその師匠である唐の恵果(けいか)から授かった三杵(さんしょ)の内、五鈷杵(ごこしょ)を見付けられたのが、この見附島とか。あとの二つは、高野山と佐渡島にあるらしい。
 先の尖った島の形などから軍艦島とも呼ばれた。石川県の天然記念物に指定されている。
 ところが、今年元旦の能登半島地震で島の約半分が崩落、以前とは違う形を表している。 
 珠洲のこうぼうアグリの社長さんがとても残念がっておられました。
 でも形は変わっても、見附島は見附島。弘法大師から1200年その歴史は変わりません。
 皆さん、軍艦島としては、以前の風景とは変わっていますが,これからも歴史のあるそして新たな景観となった軍艦島、見附島です。
 弘法大師の立像や縁結びの鐘などもあります。
 全国の皆さん是非能登半島へ珠洲市へそして見附島を見に行こう!

見附島(軍艦島) 珠洲市宝立町

2024年10月17日木曜日

能登の玄関口 能登里山空港

 能登里山空港。
 震災で一時使えなくなりましたが、早期に復旧。以来、救援物資や人の重要な能登の玄関口として、そしてこれからは、元のように観光客の玄関として、能登半島の賑わいを牽引していくことを期待します。
 能登里山空港は、道の駅能登里山空港にもなっており、車で旅行される方も、広い駐車場に車を止めて、レストランやお土産コーナーにインフォメーションやATMもあります。
 能登は、レンタカーで自由に巡るのが最高。ターミナルのレンタカー屋さんで、モデルコースなどの観光情報を確認し、能登半島の旅へレッツゴー!
 まだまだ、復興途上ですが、能登の観光産業の復興には、全国からの観光客の力が必要です。
 これから何度も何度も能登半島を訪れて応援しましょう!
 レンタカーのところで山原さんが皆さんの訪問をお待ちしています。

2024年10月16日水曜日

粟津温泉法師

 10月14日夕方、小松市粟津温泉法師さんのところへよりました。
 今回は、二次避難の方に使ってもらうために置いていた携帯充電器や文房具などの回収と珠洲市でかいた汗を流して粟津温泉の最高の湯で、体を癒すために。
 温泉はいつも変わらず最高。一気に疲れも回復。
 帰り際には、小林支配人へ福島県の方から被災地の方へ復興を祈って預かった贈り物「起き上がり小法師」を小法師にちなんで、法師さんで飾っていただく事としました。
 起き上がり小法師さんに、能登の復興をお願いしました。

こうほうアグリ かんばれ!

 こうぼうアグリ 頑張れ!
 今回、石川県珠洲市宝立町に、初めて行きました。
 日本特有ですが、米が主食と言いながら、日本国内どこも山ばかり。川と山そして海に挟まれた狭い土地を先達のお百姓さん方が、開墾して、日本の生活の基盤を作っていった。
 今も日本の主食と言えばお米。
8月末から令和の米騒動と言われたのはまだ忘れもしない。
 そんな大切なお米を土づくりから一年かけて大切に育てているのがお百姓さん。
 今回、珠洲市宝立町で農業の担い手が少なくなる中、珠洲の農地を守ってなんとか米作りを続けて行こうとされている一人が、今回のボランティア依頼者の「こうぼうアグリ」さん。
 管理する田の内、多くが土砂に埋まって、施肥、種蒔き、荒起こし、荒がき、代かき、田植え、草刈、草取り、毎日の水管理など八十八の手間暇をかけたものが、一日で無に。
 かろうじて刈れそうな田も,濁水のために新たに堆積した水を多く含んだ粘土質のためにコンバインによる機械作業が不可能な状態。
 お米は、石川県の奨励品種「百万石」
 10月14日は、全国から集まった9人のボランティアにより、手鎌による稲刈りだ。 
 静岡、長野、大阪、富山、石川県内、そして広島から。
 ほとんどが、稲刈りの経験のない人ばかり。でも、熱い心を持った人ばかり。
 9時に始めた作業も昼すぎには、なんとか刈り終わった。お昼休憩にボランティア同士で色々な話をするのは案外楽しい。
 そして午後、刈った稲をコンバインに掛けて稲こぎです。運搬して、コンバインの脱穀部に入れるのも思った以上に大変でした。でもこれを農家さんだけでするのは,到底無理。
 やはり、能登地方は農業が復活しないと地域の復興は無い。
 日本中のみなさん、能登へ農林水産業ボランティアによろしくお願いします。
 こうぼうアグリさんこれからがまだまだ大変ですが、行政に相談したり、ボランティアに頼ったりして、早い復活を祈っています。
 美味しい「百万石」お店で買うのが楽しみです。

石川県農林水産業ボランティア

 能登半島地震そして大雨被害のボランティアについて、大きく二つのボランティアがあります。
 一つは、金沢駅などへ集合して、ボランティアバスに乗って、それぞれの被災地に行き、被害のあった家屋等でのボランティア。
もう一つは、被災した農地の稲刈りや農作業を行う農林水産業ボランティア。いずれも石川県庁のホームページから確認登録できますが、少しわかりにくいです。
「石川県農林水産業ボランティア」で検索するとボランティアバスでは無い農林水産業のボランティア募集が載っています。
 バラバスは、認知度が高く、募集後早い段階で、応募が一杯になりますが、農林水産業ボランティアはなかなか応募が少なくて、農家の方も困っておられます。
 ボランティアをお考えのみなさん、石川県の災害ボランティアの事前登録するとメールが送られてきます。このメールの中に農林水産業ボランティアの案内もありますので、是非そちらも見てください。

能登米危機

 半農半漁のこの地で、かろうじて地震被害が少なかった田んぼ。水路を応急補修して、5月に田植え。そして、9月末から10月初めに実る石川県の奨励米「百万石」がもうすぐ収穫できると言う9月21日。能登全体に線状降水帯の暗雲が発生。
 9月21日午前11時前から22日午前10時過ぎまで大雨特別警報が発令された。そして、川の増水氾濫、土石流の発生、道路や橋の流失、家屋の浸水と地震被害から立ち直ろうとスタートした矢先の被災。
 10月14日にボランティアに行った珠洲市宝立町では、震災で残った農地を水と土砂,流木がおそっていた。川と直角に交差する国道の上流側の水田は、土砂と流木で完全に埋没し、収穫間近だったお米は全滅。国道の下流側には、国道を超えた濁流が、一気に押し寄せ稲を薙ぎ倒し、田んぼに粘土質の土砂を堆積させた。