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2026年8月25日火曜日

甦れ火の国 熊本 小野部田小学校


 令和8年8月22日14時。宇城市小川地区の小野部田小学校体育館避難所へ。  弁当を食べ終えると暑い昼休憩は短めにして,次の避難所へ。  今回、初めて小川町へ。  小野部田小学校の体育館へ。受付も快くOKをもらい、体育館玄関の屋根の下にセットさせてもらった。  暑い日だが、日陰は、涼しく感じる。  セットしてから中の皆さんに声掛けをして行った。小学校だからなのか、これまで行った避難所と比べて、子ども達が多いと感じた。  ひととおり皆さんに食べていただいた後、子供達が、周りでワイワイガヤガヤ。 お替わりしていいよ、と言うとみんな並んでお替わり。シロップも色々ミックスしたり、練乳とあんこ乗せの組み合わせもバラエティに富んだオーダーで賑わう避難所の玄関。6杯も食べる猛者もいた。

 ある子供に聞いた。「夏休みの宿題は済んだ?」私らは何度も被災地支援を行なっていると言う変な自負があった。帰ってきた答えをきき、すぐに返せなかった。「宿題がどこにあるかわからない」今まで、こんなにたくさんの子供達がそれも長期休みのときにボランティアで子供達と話をすることはなかったんだなと。そうだ。そのとおり。家が壊れて、宿題どころか、何にも無いのだ。初め聞いた時、学校は何をしているのかと,思った。先生は安否確認しただろう。そこで新たな宿題は出さなかったの?と思った。すぐに自分の浅はかさをを感じた。

 この地震にあって、避難する中で、日々子供達は学校では習えない経験をしていると。 知らない人との助け合い、知らない人へ感謝すり感覚。当たり前が、どれだけ大切なものか。学校では、習うことはできない。そんな人間として大切なことをいま子供達は、毎日経験しているのだと。宿題をつかで出さなかった先生は素晴らしい!

 タオルやお水の支援物資も貰われていった。  もみじ饅頭を食べた一人の高齢の女性が、「広島から来たの?」「80年前は広島は大変だったね。私は天草にいて、長崎に原爆が落ちた時、大変なことになったと子供ながらに思ったんよ。」と。「広島からわざわざ来てくれたんか。ありがとう」と感謝の言葉をいただいた。  開始から約1時間、大人の被災者はもちろん、子供達も満腹になったようなので、15時に撤収し、次の避難所へ。


 

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